見出し画像

院卒無職が研究を語る【水素貯蔵材料】

私は理系の大学院(修士課程)を経てメーカーに入社したが、1年足らずで退職し、以降は専業主夫ライフを堪能している。

大学研究の意義の一つは「社会貢献」であり、大学で得た知識を社会に還元することが求められている。私は学費を払う代わりに研究を体験させてもらっていた立場に過ぎず、大学から見れば「お客さま」でもあったわけだが、税金で研究させてもらっていたのは事実だ。

世の中の「院卒」の人々は、研究者として研究を続けたり、企業に就職したりして自身の専門性を社会に還元している。そんな中、私は専門性を活かして労働することもなく、自己満足で完結させている。そこで今回は、私なりの社会貢献として、noteで私の研究事例を発信してみようと思う

以降、私が大学で研究していた事例を書き連ねていくが、先に注意点を記しておく。

・導入部の概要だけ書く
・できるだけ専門用語は避けたが、それでもマニアックな内容になった
・そのうえ、文章が長い
・「こんな研究があるんだ〜」くらいのノリで読んでもらえると嬉しい

これ需要あるのか?(追記)

研究をひとことで言うと?

ひとことで言うと「水素を固体として貯蔵・輸送する技術」を研究していた。

研究の背景には、水素を日常生活や経済活動で利用する社会(水素社会)の実現がある。水素社会を実現するには、次の四つの技術が必要になる。

  1. 水素をつくる技術

  2. 水素を貯める技術

  3. 水素を運ぶ技術

  4. 水素を利用する技術

このうち、私の研究分野は「貯める技術」と「運ぶ技術」に相当する。具体的には、従来の貯蔵・輸送手段よりも、安全で効率的な手段として期待される「水素貯蔵材料」を研究対象としていた。

そもそも、水素は何の役に立つ?

水素は新たなエネルギー源として期待されている。

石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料は枯渇リスクがあるし、燃やすとCO2を排出する。一方の水素は、あらゆる資源から製造できるので枯渇の心配がなく、燃焼してもCO2を排出しない。しかも、水素のエネルギー量はガソリンの約2.7倍(単位重量あたり)もある。水素は潜在能力の高いエネルギー源であり「究極のクリーンエネルギー」とも呼ばれる。

水素の利用例

例1:燃料電池

最もメジャーな利用例は燃料電池。燃料電池は、水素と酸素の化学反応から直接的に電気を生み出せるので、従来の発電機よりも効率が良い。そのうえ、水素と酸素は無尽蔵に存在するし、排出物が水だけというのも嬉しい。自動車などの輸送機器用だけでなく、家庭や工場における発電装置としても利用できる。

例2:燃料

水素は燃料としても利用できる。水素といえばロケット燃料として有名だが、ジェット機への応用も進んでいる。また、石炭や天然ガスの代わりに水素を燃焼させる水素発電の開発も進んでいる。

例3:産業分野

産業分野に目を向けると、水素で鉄鉱石を還元する「水素製鉄」がある。従来は鉄鉱石(酸化鉄)にコークス(炭素)を加えて還元することで鉄を取り出しているが、大量のCO2が排出される。一方で鉄鉱石を水素で還元すれば、排出されるのは水だけ。製鉄時のCO2排出量を大幅に削減できる。

水素の作り方

大気中の水素濃度は約0.00005%しかない。では、どうやって水素を得るのか。水素の作り方は大きく二種類ある。一つ目は化石燃料(炭化水素)から水素を取り出す「改質」で、二つ目は水から水素を取り出す「電解」だ。

化石燃料から作る(改質)

「改質」は成熟した技術であり、水素を安価に製造できる。しかし、製造過程でCO2が発生する。いくらクリーンなエネルギーとはいえ、製造過程でCO2を出してしまっては意味がない。発生したCO2を回収して地下に貯留する技術もあるが、回収できる量にも限界がある。

水から作る(電解)

他方で「電解」はCO2の排出をゼロにできる。電解では、水に電気を加えて酸素と水素に分解する。再生可能エネルギー由来の電力を用いて電解すれば、CO2を一切排出せずに水素をつくれるのだ。こうして作られた水素は「グリーン水素」と呼ばれ、世界的に関心を集めている。ただ、電解の技術は発展途上であり、再エネの普及度合いに影響される課題もある。

水素の貯蔵・輸送は難しい?

さて、ここまでは「水素の利用」と「水素の製造」に関する話だ。私の研究は「水素の貯蔵」と「水素の輸送」に関する技術を扱っていた。

「利用」「製造」に比べて「貯蔵」「輸送」は地味だが、水素社会の実現に向けては不可欠な技術だ。「エネルギー」というからには、自分たちの好きなタイミングで利用したい。作ってすぐに使わないと消えてしまうエネルギーなんて無意味だ。その意味で、水素の貯蔵技術は不可欠。また、水素を作る場所と、水素を使う場所が同じとは限らない。むしろ、離れている場合が大半だ。だからこそ、水素の輸送技術も求められる。

ただ、水素を貯蔵・輸送するのは簡単ではない。水素は非常に「かさばる(体積エネルギー密度が低い)」うえに、燃えやすいので安全面への配慮も求められる。水素社会の実現に向けては、効率的かつ安全に水素を貯蔵・輸送する技術が求められる。

水素の貯蔵・輸送方法

水素の貯蔵・輸送方法は大きく三つに分けられる。

  1. 気体として貯蔵・輸送する(圧縮水素)

  2. 液体として貯蔵・輸送する(液化水素)

  3. 固体として貯蔵・輸送する(水素貯蔵材料)

先ほど、水素の貯蔵・輸送に関する課題として「かさばること」と「燃えやすいこと」をあげた。この二点に着目しつつ、各方法を紹介していく。

気体として(圧縮水素)

我々が想像する水素は気体だ。事実、最もメジャーなのは、水素ガスを圧縮してガスボンベに封じ込める方法。こうした水素は「圧縮水素」と呼ばれ、一般に流通している。ただ、水素ガスの圧縮率にも限界があり、最大でも200分の1ほどしか圧縮できない(常圧の水素を基準とした体積減少率)。また、ボンベが破損すると水素が直ちに漏洩するので、水素ボンベを積んだ車両は危険物搭載車両とみなされ、各種規制を受ける。

液体として(液化水素)

液化水素は比較的新しい技術で、水素をマイナス253度まで冷却して液化する。水素を液化すると、その体積は800分の1まで圧縮される。ただ、マイナス253度の低温状態を維持するのに多大なエネルギーを有する。液化水素の容器の設計上の理由から、タンカーなどでの大型輸送には向いてるが、我々の身の回りで使うのは難しい。

固体として(水素貯蔵材料)

私が研究していたのは、水素を固体として貯蔵・輸送する「水素貯蔵材料」だ。最大の利点は「コンパクトさ」と「安全性」である。水素貯蔵材料の中には、自己の体積の1000倍以上の水素を貯蔵するものもある。つまり、水素の体積を1000分の1以下まで圧縮できるのだ。また、水素を固体として扱えるので、漏洩の心配がなく安全性も高い。圧縮ガスや液化水素に比べて、水素貯蔵材料は取り回しが良いのだ。

実際、水素を「水素貯蔵材料のカセット」に充填する技術の実証実験が行われている。水素が充填されたカセットをトラックで一般家庭や商業施設まで輸送し、燃料電池を用いて水素を電力に変換する技術だ。水素貯蔵材料のカセットは、小さめのアタッシュケースくらいの大きさであり、漏洩リスクも低いので非常に扱いやすい。

この水素貯蔵材料は金属の粉末であり、この金属粉末を水素ガスにさらすと水素を吸収する。水素を吸い込んだ金属粉末は「金属水素化物」と呼ばれ、この金属水素化物に種々の操作を加えると、今度は水素を放出する。こうして特定の操作(加熱・冷却・加圧・減圧)を加えることで、水素貯蔵材料は水素を吸収したり、放出したりする。

水素貯蔵材料として有名なマグネシウム(Mg)で具体例を説明する。まず、Mg粉末に水素(H)を吸わせると「水素化マグネシウム(MgH2)」という金属水素化物に変化する。MgH2はMgと同様、安定した固体なので、水素を含有した粉末として(固体として)水素を貯蔵・輸送できる。そして、MgH2を熱すると、今度は水素を放出し、MgH2は元のMgに戻る。

$$
Mg + H_2 \leftrightarrow MgH_2
$$

水素貯蔵材料の課題

最後に、やや専門的な内容にはなるが、水素貯蔵材料の課題に触れておく。

重量密度

水素をコンパクトに貯蔵するのには長けているが、重量あたりの貯蔵量は改善の余地がある。簡単に言うと、水素貯蔵材料はコンパクトだが、そのコンパクトさの割に重たくなってしまう。自動車などの輸送機器では利用しにくいのだ。

放出温度

水素を放出させるのに高温を要する。実用化に向けては、より低温で水素を放出できるように改善する必要がある。

反応速度

水素貯蔵材料は化学反応をベースに水素を吸収・放出している。この化学反応の速度が遅いと実用性は低くなる。

耐久性

水素の吸収と放出を繰り返すと、材料が劣化していく。繰り返し使っても、貯蔵密度や反応速度が劣化しないような改善が求められる。

コスト

上述の課題を克服するためにレアメタルなどの高価な材料を用いる場合がある。そうすると自ずとコストが高くなってしまう。

あとがき

長々と書いてきたが、ここまでは前置き中の前置き。最後に書いた課題を克服するために、アレコレやっていた。

研究の肝の部分はここから始まるのだが、専門的なことを書いても誰も読まないことが予想されるし、私の身元がバレかねないのでやめておく。ここまで読んだ方は、相当な物好きでしょう。

いいなと思ったら応援しよう!

がまくん専業主夫
お菓子食べたい