愛しのベルーガ
休日には水族館に行った。とても近いのに、一度も行ったことのなかった規模の大きな水族館。
雨の日曜日だったので、当たり前のようにたくさんのお客さんがいて、子供連れやカップルもたくさんいた。そうだよね、水族館、楽しいもんね。
けれどまあ、ご存知のように、水族館はあまりにも人が多いと見物しにくいところでもある。
子供が多く、親御さんも疲弊しているのか、前に強引に割り込んでくる子供や、水槽をどんどんと叩く子供がいたりした。親御さんは何も言おうとしなかった。
さすがに水槽(小さな水槽だった)を叩くのはよくないだろう、と、反射的に「水槽どんどんしたらあかん」と少し怖めに言ってしまった。
その子はこちらをちらっと見て、水槽から離れてどこかへ行ってしまった。近くにいたはずの親御さんは何も言わずに子供を追いかけていった。
そーんなことがあったりして、将来自分が子供を育てるとき(来るかはわからないが)の、理想と現実のギャップや、疲弊なんかを思ってしまい、ふらふらとし始めたとき、ベルーガ、と言いながら、恋人が私の前腕をもんできた。
ベルーガとは、トップの写真にも使った哺乳類の、通称シロイルカと呼ばれる動物だ。この水族館では最初の方に展示されており、ずんぐりした大きな体躯に、白くなめらかな肌、愛嬌のある顔、その下は筋肉なのか脂肪なのかわからない皮膚のしなり…とにかくとても素敵な動物なのだ。
私の前腕が、ベルーガのむちりとした体躯と似ているから、ここはベルーガね、とこういうことらしい。馬鹿みたいだろう。馬鹿だ。
他人が聞いたら思わず耳をふさぎたくなりそうなやりとりだが、ベルーガと呼ばれながら前腕をもまれているうちに、気分が落ち着いた。とても落ち着いた。
調べてみると、ベルーガは寒い地域の海に住んでいて、社交性のある生き物で、海のカナリアと呼ばれるほど、色々な高い音を出すらしい。反響定位という能力を使えるらしく、それが、氷と氷のはざまをみつけだして、呼吸をすることに役立っているかもしれないらしい。脱皮もするらしい。
なんて面白くて愛らしいんだ、ベルーガ。
ベルーガの悠々と泳ぐ姿と、恋人の優しい「ベルーガ」を思い出すだけで、私はいつでも楽しく生きられるような気さえしてきたのだった。
ちなみに、再度ベルーガと呼びながら前腕をもむことを要求すると、「えーなんで」とのことだった。この幸福感を説明するのは難しい。