変、目にとめる世界
地下通路の端っこに、スーツ姿の男性が横になっていた。
倒れているようにも見える。息をしているのかわからない。スーツだし、もしかしたら熱中症か何かで倒れているのかもしれない。
地下通路を歩いている多くの人は、横目でちらっと見てそのまま歩いていく。今はまだ夕方の6時くらい。酔っ払いを見るには少し早くないですか?
けれど自分も、素早く行動できるわけではなく、とりあえず立ち止まる。観察する。眠っているだけかもしれない。本当に倒れたなら、そのとき居合わせた人がさすがに助けるんじゃ?やっぱり眠っているだけ?
色々考えても、結局足は動かない。そのまま見つめていると、他の男性も足を止めた。彼はイヤホンを外して横になっている男性に近づこうとした。
あ、えらい。
そう思ったとき、向こうから駅員さんがやってきて、困ったように笑いながら、近づこうとした男性に大丈夫です、と声をかけた。
ほら、起きて起きて、と促されると、横になっていた男性はむくりと起きて、酔っぱらっているのかそうじゃないのか、みたいな顔つきをした。
ね、ほら、いろんな人がうちに言いに来てるから、ね。みんな心配しちゃうから。しんどいんやったらどこか入って。ね。
駅員さんがやはり困ったようにやさしく話しかける。
なんだ、そういうことか、と腑に落ちた私は歩き出した。先ほど近づこうとしていた男性の姿ももう見えなくなっていた。
さっき人の流れの中で、私だけ足を止めていた時、同じように立ち止まってくれたあの人とだけ、時間を共有しているんじゃないかと思ったな。
そんなことをおもいながらラーメン屋に入る。
ラーメンを待つ。いいにおいがする。
素早くラーメンがやってくる。このスピード感が大切だ。
食べ始めて少しすると、2つ離れた席で食べていた男性が荷物をもって立ち上がった。そして、カウンターの向こうに向かって
「とてもおいしかったです、またきます。ありがとうございました。」
と済んだ上品な声でいい、45度くらいの角度で一礼すると、店をでていった。
思わずれんげと箸を持ったまま男性の背中を目で追う。
こんな丁寧な文句をラーメン屋で聞いたのは初めてだ。
カウンターに目をやると、はしっこにいた店員さんも私と同じようにぼーっとしていた。うんうん、衝撃ですよね。きっと。
変だ、と思って世界に目を止めると、なんとなく世界は変で満ちているし、変はそこかしこに落ちている気がしてくる。変だね。