ごあいさつ
初めましてのご挨拶
どうも!初めまして!
私は現役でトリマーとして働いているものです。
兵庫県で小さな店舗を開業して約4年間くらい経営してもいるので、経営者でもありますね。
今回からトリミングに関わる物事や主にワンちゃん(猫ちゃん等)についての自分の持っている知識や考えを好きな感じで割と自由に投稿していきたいと思っています。なので、話が逸れたり関係ない話をすることもあるかもしれませんが、それはご愛嬌ということで。。。
ただ、急に本題とかに始まっても『誰だよ!』って感じなので、最初は軽く自分の経歴から書いてみたいなと思います。
私の経歴について
今どんな人?
まずトリマーとしては、約10年くらい働いています。
専門学校に通っている時からトリマーとして働かせていただいていたので、合わせるともう少し長いかもしれませんが、卒業からだとそれくらいです。
前述通り、兵庫県でドッグサロンの経営をしています。今はグルーミングコンテストに出場させていただいたり、自分なりに”犬の幸せにつながるように”と色々こだわりを持って取り組まさせてもらっています。
トリマーを目指したきっかけ
過去を遡るとかなり前なのですが、元々小学校の時に動物が好きでなんとなく『自分は動物を守る仕事に就く!』と思っていました。
世の中に数ある職業で、なぜそうなりたかったのかは謎ですが、割と強く思っていたような気がします。
もちろん、他にも『ケーキ屋さんとかいいな。』とか『マジシャンもかっこいいな。』とか現実味のない職業も含めて、色々頭には浮かんでいたんですが、心の中でも一番強く感じていたのは、動物関係の仕事でした。
中学生1年生になり、少しまともに職業として考えじめた時期があったのですが、その時自分なりに『あ〜頭悪いから獣医にはなれないな。』と子供ながらになんか悟っていて諦めていました。笑
でも、動物に関わる仕事何がいいかな?と考えた時に、母から『トリマーとかどう?』と聞かれました。私の母は元々人間の美容師をやっていたので、そのつながりの発想なのか、そう言われました。それがきっかけでまず私は、トリマーという職業を知りました。
そして、興味を持ったが吉日でその時に実家では、猫と犬(シーズー)を飼っていたのですが、いつもトリミングをお願いしているドッグサロンさんへ母にお願いしてもらって、見学に行きました。
少し強面の男性の方がいつも送迎に迎えに来てくれているのを覚えています。
今では、あまり顔も会話も思い出せませんが、顔の印象と雰囲気はなんとなく覚えていて、強面な感じとは裏腹に喋り方とか態度も『めちゃくちゃええ人やん!』って思ってたと思います。笑
そして、ドッグサロンさんにお邪魔して美容しているところを見学させていただきながら少し質問をさせてもらいました。
今だから思うけど、お客さんの息子とはいえ、母もズボラだったので、そんな頻繁に美容出していた常連でもないし、普通の顧客の一人程度なのに快く見学を受け入れてくださったサロンさんは神だと思います。
そこのサロンさんはご夫婦でされていて、奥さんはトリマー専門学校の講師もしていたようで受け入れてくださったのはそれもあってかもしれませんね。
何はともあれ、そこれ見学させていただき『トリマーも楽しそうやな!』ってなったのが、トリマーを目指すきっかけになりました。
トリマーになるまで
そして、中学1年生でトリマーを目指すことを決めた私は、一旦満足して学生生活を楽しんでいたのですが、中学3年生くらいの時にトリミングやドッグトレーナーの専門学校の講師の方が中学校の授業の一環で来る機会がありました。
その時にまた、トリマーに早くなりたいという熱が再燃してきました。
そんな私は、何で調べたのかは覚えていませんが、中学を卒業してトリマーの専門学校に行き、そこで高校の資格も取ることができる専修学校なるものがあると知りました。
なので、母に『専修学校行って早くトリマーなりたい!』と伝えたのですが、母は『そんな焦らんでも、色んな可能性も考えて高校はまず普通にとこに行き。そこからなりたいなら専門学校に言ったらええ。』と私に言いました。
その時の私は、イライラとして『なんでやねん!』と反発していましたが、まあ今思い返すと、勢い任せに突っ走ろうとしていた僕を止めようとしたんだなと思うので、今になって冷静に考えると母の意見は正しかったんだろうと思います。
そうして私は、母の言いつけ通りとりあえず高校に通うことにしました。ただトリマーになるしと自分の中で考えていたので、あまりやる気がなかく高校時代は思春期も重なり不真面目でしたね。笑
まあそんなことは置いといて、紆余屈折ありながら高校にとりあえず通い、ついに卒業の時期になってきた時にいよいよトリマーとしての進路を考え始めました。
まずどこの学校に行けばレベルの高いトリマーになれるかを自分なりに考えました。
そもそもサロンの見学をした時にトリマーになるにはどうすればいいのかや、どんな資格がいいのかとかも聞いていたので、それを参考にネット検索しました。
そこでJKCのトリマーライセンスと出会いました。この資格についてはまた別の機会に触れたいと思いますが、とりあえずトリマーの資格の中で一番影響力の強い資格なんだと知り、この資格が取れる学校を調べました。
当時、関西圏内では今よりもJKCの資格が取れる学校の数は多くなく、4校くらいだったかな?と思います。
なので、その中のHPで距離や費用面も見て2校に絞り、ついでにJKCの学校ではなかったですが、中学時代に説明に来ていた講師の方の学校も含めて3校を候補にしました。
そして、学校の選択をする際には、実際に専門学校のオープンキャンパスに行って自分のフィーリングがどこが合うのかを考えて、候補の中では一番遠くて、費用も高めでしたが、『JKCが取れるし、絶対ここがいい!』と自分の直感を信じてそこに決めました。
今でも、その専門学校に決めたのは間違いじゃなかった、一番良い学校を選べたなと思うくらいとても良い先生方にお世話になり、とても良い友達もできたと思います。そこで私は4年間通いJKCでも上位の資格であるA級まで取ることができ、無事トリマーとして就職することもできました。
長くなりましたが、ここまでがトリマーになるまでの私のストーリーです。
壮絶なトリマー業界を経験
就職
トリマーとして4年という結構な長い期間、専門学校に通いA級を取りましたが、技術職の世界は甘くなく、振り返るといくら上位の資格とはいえまだまだ未熟だったなと感じます。
専門学校卒業後の就職先は、専門学校に通っていた時から、働かせていただいていたサロンにそのまま就職しました。
そこは、個人でしていらっしゃるサロンだったのですが、それなりにカットにこだわりを持ってやっているようなところでした。
専門学校に通っている間は、そこの本店に勤務していたのですが、卒業の少し前くらいに支店に異動することが決まり、役職の決まりはあまりない感じでしたが、新卒のはずが、もう店長みたいにほぼ一人で支店でトリミングをする形で働いていました。たまに本店からヘルプは来るもののオーナーからも『自分でお店をしてると思ってやってみい!』と言われてまだまだ若くて社会経験も少ない私は、日々わからないことを自分で調べたり考えながら四苦八苦ながら勤めてました。
今考えれば、全然完璧にこなせていたわけでもないし、足りないことだらけだったなと思いますが、まあ若い20代前半の人間にはそれが限界だったんだと思います。笑
これはトリマーあるあるなんですが、正直そこではあまり高い給料ももらえず、一人でお店を回していたにも関わらず、役職の手当もないし、サービス残業当たり前の世界でした。ひどい時には夜11時くらいまで職場にいたし、定休日の休日でもペットホテルの対応でお店に行っていました。なので実質休みなんてない状態でしたね。笑
それでも経験と勉強のためと働いていると新卒の後輩も入ることになって、一人でも大変なところに教育というタスクも増えて、新卒から数年で僕はもう限界を迎えました。
転職を決意
退職を決めたものの、働いていないと収入が無くなり生活ができないので、まず転職先を探しました。
実はこの時にトリマーを続けるか別の業種に転職するかをかなり真剣に悩みました。数年働いたからこそこの業界の闇の部分も見えたし、決して給料の良い色ではないと感じました。子供の頃からの夢できた部分が強かったし楽しさもあったのでやめたくない気持ちと葛藤したのですが、最終的に継続を決断しました。
僕のこの選択が正しかったのか、間違っていたのかは未だにわかりませんが、この時に継続をしていなければ今の自分は確実になかったと思います。
そしてトリマーの継続を決断したので、就活を始めたのですが、やはり同じ職種だと経験もあるし、何よりJKCのA級資格はかなり役立ちこの段階で、トリマーとして働くならどこでも雇ってもらえる自信しかありませんでした。
まあその安心感も継続の決め手になってたかもしれません。笑
ただ、この時期は前職で責務に疲れていたこともあり、そこまでやる気が出ませんでした。一応先のことも考え、働き先は大きめの会社に所属することしたものの、働くにしてもアルバイトとして週3回くらい最低限食べていける程度に働いて好きなことをして遊ぼう!という期間に入っていました。
そのおかげか、この期間に元々好きだったゲームをしたり、友達と遊びに行ったりとかなりリフレッシュができて、段々と考え方も良い方向に向いていったと思います。余談ですが、この時期に将来のことをしっかり考えだして、ずっとやめられなかったタバコもキッパリと禁煙をして、その後、今の妻となった女性と交際もしました。
新たなスタート
私は1年程のアルバイト期間を経て、これからはパートナーもできた環境もあり、そろそろ真面目に働いて将来に備えていこうという気持ちになり、その時働いていた職場で社員になることを決めました。僕は入社当初からカットもして即戦力としては働かせてもらっていたので、この時会社サイドは待ってましたかのように、社員になると同時にその店舗のトリマー責任者を任せられることとなりました。
すると、ここからはあれよあれよと昇格することができ、兵庫県にある3店舗の責任者に就き、そのうち1店舗は新しく立ち上げる新店舗も任せていただき、最終的には『次の年からは兵庫エリアのマネージャーになってもらう』という話までいただき、まだ若い会社で上層部も作っていっている状況からか、まだ若い私でもすぐに昇格していきました。
ただし、やはりそんな上手くいかないのが、この業界の闇。
今までと同様で、責任は積み上がっていくのにいまいち給料は上がらず、複数の店舗責任者をしていたにも関わらず、1店舗の時から給料はほぼ変わっていませんでした。
さらに、1日の労働時間もなぜか毎日8時間オーバーが当たり前、休憩に行けないのも当たり前な状態でした。
それでもそのうち成果に給料が追いつくならと我慢していましたが、自分の考えとは裏腹に体は悲鳴を上げ始めたのか、ある日から突然右耳の耳鳴りが止まず、次第に聞こえなくなっていきました。
過労とストレスによる病
そこで、病院に行ったところ病名は『メニエール病』と診断されました。
最初は治療すれば治るだろうくらいに考えていたのですが、この病気は完治するものではありませんでした。
今でもこの病気の治療法はなく、対処療法しかない状態なのですが、そもそもの原因は過労とストレスが原因で、神経質な人程発症しやすい病気とお医者様に伺いました。
一応自分なりにストレスを溜めないよう、疲れを溜めないように気を配っていたつもりだったのですが、自分が思っている以上に私の体は限界を迎えていたようで、2年以上この症状は良くならず常に片方の耳だけ聞こえづらく、耳鳴りやひどい時には頭痛と視界がぐるぐる回っていくような症状も現れました。
流石にやばいと思い始めた私は、病院での薬の処方だけではなく、ステロイド治療、鍼治療、東洋医学的な治療まで色々と試してみました。
しかし、一向によくならずこれは今の環境からガラッと変えるしかないかと思っていました。
後継者として
そんな状況の中、次の自分の身の振り方に悩んでいたのですが、その時付き合っていた、現在の妻から『私の職場のオーナーが将来の後継者を探してるらしいから話聞いてみる?』と言ってきてくれました。
実は私の妻は最初に働いていたサロンで一緒だった元同僚で、私が支店勤務になってからはたまに支店のヘルプで会う程度であまり関わりもなかったのですが、お互いにそのサロンを退職することになり、それをきっかけに逆に関わるようになりました。その後もそれぞれトリマーとして働いているのは同じですが、別々の職場で働きつつ、ちょくちょくと遊んでいるうちに交際へと至りました。
そして、その妻の働いていたサロンは前職同様に個人サロンだったのですが、そこのオーナーさんはその時で約10年くらいサロンを続けられていたので、将来的なことを考えて、後継者になってくれる人を探し、ゆくゆくは譲りたいということでした。
お話を詳しく伺うと今よりも条件なども良くしてもらえて、念願の夢である自分のお店も後継者として新規でやるよりも確実な方法で叶えられるというそんな良い話があっていいのかな?と思うくらいでした。
もう会社に勤めていると病状も悪化していく一方で最終退職直前には一度入院することにもなりました。しかし、その会社では最後まで大した気遣いもしてもらえず、『退職するにしてもできるだけ迷惑かけずに引き継いで最後まできっちり働いてくれよ』という対応でした。唯一トリマーの先輩である、上司の方だけはとても理解のある方だったおかげもあり、なんとか無事に退職することができました。
開業への道スタート
個人事業主になる
そして、退職後は一旦は個人サロンの店長という役職をいただき、務めることになりました。しかし、今回は雇われるのではなく少し変わった形態で個人事業主となり業務委託を受けるという形で務めることとなりました。
この形はそこのオーナーさんの意向として雇用ではない方が良いということでしたし、自分といても今後のことを考えると良い経験になるし、給与関係もその方が良い形になるということで合意しました。
そして、驚きの出来事がありました。それは会社に勤めている数年間の間、一向に回復する傾向のなかった『メニエール病』これが会社を辞めて、1ヶ月も経たずにすっかり治っていました。本当に驚きでした。自分ではそこまで自覚していませんでしたが、そこまで体は悲鳴を上げていたんだなと、ここでやっと実感したタイミングでした。
ただ、前述もしましたが完全に完治する病気ではありません。なので、少し疲れやストレスが溜まると今でもそれがフックになり、再発することを繰り返しています。
一度発症してしまった以上は、一生この病気とは付き合っていかないといけないのだとわかりました。しかし現在もたまに仕事をしすぎると軽く症状が再発しますが、過去ほど酷くなることはなく悪化しそうなら休む意識を強めたりと、なんとか
上手くやれていると思います。
世界を脅かしたコロナの到来
そして、しばらくは個人サロンの店長として会社所属の時より自由度高く働けて、良い状態だったのですが、2019年末辺りから急激に世界で流行り病として猛威を振るった『コロナ』が日本を襲いました。
それは、このトリミングサロンの業界にも影響を及ぼしました。私の働いていたサロンでは、美容業務にはそこまで大きくは関わりませんでしたが、ペットホテルも行っていましたので、そちらが大きく大打撃を受けていました。
メインの美容業務もダメージは少ないものの、少しは減っていたこともあり経営に大きく関わってきていました。
この時期はそれらの悪い状況が重なり、今後の雲行きが怪しくなっていました。
新規開業を決意
コロナの状況下で今後どうした方が良いのか少しかんがえさせられる絶えイミングになったのですが、この時悪いことばかりではなく個人事業主として業務委託を受けて仕事をしています。としていたのがたまたま功を奏して個人事業主や小規模事業者に対しての給付金や補助を受けられることとなり、私は開業届を出しているとはいえ、委託業なので勤めているのとあまり変わらない状況でこれを受けることができました。
それをきっかけに妻と相談し、新規開業することを決意しました。
しかし、もともとそのサロンで勤めていたのはゆくゆく後継者として引き継ぐという話だったのに、なぜ給付金などがあったからといってリスクを冒して新規開業するつもりになったかと言うと、もちろん後継者になるとお客様がある程度ついているお店になるので、新規とは違い安定しやすいという条件はありました。ただ、後継するということは立地は変えられない、今までのやり方から大きく変更すると顧客が離れやすくなり、継承するメリットが薄れるというところでした。
自分のやりたいこと
そこで私は開業することで何がしたいのか、なぜ開業するのか、など自分の中で色々と改めて考えることにしました。
今まで、自分がトリマーとして現場で働いている中で、この業界の良い面、悪い面全てを見てきました。
現場で働くトリマーとしては割とベテランとして扱われるくらいの経験はしてきたし、会社に所属して新人の採用業務、教育も行いました。
その中で、正直このトリミングサロンの業界はまだまだ不遇な状態にあって、トリマーになる人間が不遇な状態では本当にしっかり犬に対してのケアもでききれないと感じました。
表面上では犬の為と謳っていたり、トリマー自信も『犬に寄り添えるトリマーになりたい』と言うトリマーは多くいます。
しかし、業界の環境がその成長を妨げている部分や新しい芽を潰してしまっている部分があるんではないかと思いました。
もちろん自分で勉強をして、成長できる人もいますが、この厳しい環境では多くのトリマーがなれるものではないと感じました。
自分もそんな環境の中でやってきたからこそ、そこの状況を変えたい。そして、しっかりとした環境で適切な教育を受けられたトリマーが増えれば、それはサロンを利用する犬達を幸せに、そしてさらにその犬を飼っている飼い主様にも喜んでもらえると感じました。
まだまだ今でも夢物語な部分も多く、叶えられていないことの方が多いですが、少しずつでも自分がお店を持つことで、良いトリマーを育て、本当に良いサービスを提供することができれば、犬の幸せにもつながると思っています。
これらの考えを実現しようと思った時に、良いトリマーを育てるにも良いお店を作るにも、お店の立地コンセプト、方針など全てが重要で妥協するべきところはないと思いました。なので、そこまで自分の考えが具現化してくるとやはり全く違う人間の作っているお店なので、そこのお店にどこまで良いところがあったとしても、自分とは違う部分があるは出てくると感じました。
さらに、自分は今までこの業界でそれなりにこだわりを持って勉強もしてきていたので、知識があるからこそ妥協してはいけないところやサロンの当たり前が間違っていることも知っていました。今まで働いてきたどのサロンでも間違った考え方、やり方は故意的ではないにしても発生していました。それを治すのはただの一人のトリマー従業員では無理だし、たとえ後継者でも根付いているものを変えるのは難しい部分がありました。
なので、完全に新しく自分の全力を作り上げられる新規開業を選びました。
なので、今でも常にもっと成長をと考えていますが、新規開業したことにより今は自分のできる最大限の良いものを提供できるサロンとして自信を持って行うことができています。
まとめ
自分の過去をそれなりに細かく振り返ったので、思いの外大変だったんだなあと今思っていますが、この経験があったからこそ今のお店の形があるんだなと思うと、無駄ではなかったのかな?と少しはポジティブに考えることができます。笑
小さい頃から動物に関わる仕事に就きたいと考え、なんなら最初は広ーい土地を買ってそこで犬達を保護する人になるようなことを考えていました。笑
まあ現実はそんな甘くないですが、今は一人のトリマーとして、そして経営者としてこの業界で少しでも多くの『犬』、『トリマー』、『飼い主様』の役に立ち新しい業界の風を起こせたら良いなと思っています。
これからは自分の考えたことや発信したいことを色々と文章にしていきたいと思います。もちろん賛否あるかとは思いますが、暖かく見守っていただけますと幸いです。