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【映画の中の詩】『「ピンパーネル」スミス』(1941)

おやすみなさい。「別れは甘い悲しみです」
それは何ですか?
ドイツ文学で最も有名なフレーズの一つです。

レスリー・ハワード監督、主演の反ナチス映画。レスリー・ハワードは両親ともにユダヤ系である。

ハワードが演じるのは表向きは考古学者ホレイショ・スミス教授としてドイツに入国してドイツ文明におけるアーリア人起源の証拠となるものの発掘調査をナチスの支援を受けて行っているが、裏では強制収容所の囚人を脱出させる手引をしている、という役。
ハワードが過去に主演したイギリス映画『紅はこべ』(1934)ー原題「スカーレット・ピンパーネル」ーを現代に移したような設定。

ナチスの将軍が『ハムレット』を引用しながら「シェイクスピアはドイツ人だ」と主張してスミス教授を驚かせます。

「シェイクスピア別人説」という古くからの文学的論争があります。
「シェイクスピア」という個人は存在せず、べつの名のある文人が使ったペンネームにすぎないという説で、もしそうであるならそれは誰なのかという推理合戦です。

フランシス・ベーコン、クリストファー・マーロウ等がその候補なのだそうですが、とりわけ第17代オックスフォード伯爵エドワード・ド・ヴィアー(1550年 - 1604年)説が人気らしく近年でもオックスフォード伯爵を主人公にした『もうひとりのシェイクスピア』(2011)という映画が作られています。

レスリー・ハワードも後のシーンでオックスフォード伯こそ真のシェイクスピアであり、彼が英国人であることには疑いがない、と「シェイクスピアドイツ人説」を否定しています。

ちなみに西脇順三郎はベーコン説を支持していたようです。

ドイツではフランス古典主義の模倣的影響から脱するためにシェイクスピアを道案内にしたという歴史があり、シェイクスピアとドイツの関係は「シェイクスピアはドイツの詩人」と言われるまでに強いものがあるそうで、このシーンの会話の背景ともなっているのでしょう。

そんなドイツ人の意識に対して、イギリス人であるレスリー・ハワードは〈さようなら、さようなら、別れはなんと甘い悲しみなのでしょう〉という『ロミオとジュリエット』(2幕2場)の有名なセリフを皮肉まじりに「ドイツ文学で最も有名なフレーズの一つですよ」と捨てゼリフのように引用します。

この映画から2年後の1943年6月1日、ハワードは搭乗していた飛行機がドイツ軍によって撃墜されて亡くなっています。


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