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沈黙の意味 〜硬派な父と美空ひばり〜


わたしが子供の頃の父は
いわゆる「硬派」な人でした。

曲がった事が大嫌いで
友達が困っていたらすぐに駆けつけ
誰とでも分け隔てなく接する事ができる
カッコいい男の中の漢。

そんな父が大好きだったのが
"歌謡界の女王" 美空ひばりさんでした。

美しくも力強い唯一無二の歌声。
彼女がテレビに出る時は
絶対他のチャンネルに
回させてもらえない程でした。



1989年6月24日
52歳という若さで
「お嬢」がこの世を去ってしまった時も
涙こそ見せませんでしたが
今まで見た事がないぐらいの
落ち込み様でした。

そしてその1週間後
美空ひばりさんの追悼特番が
急遽放送されることになりました。



機械に疎い父が
「なんとしても録画しろ」と
わたしに迫ってきたので
当時買って間もない
VHSビデオレコーダーを
3倍モードでセットして
(特番が2時間を超える長さだったため)
予約録画をした後
永久保存版にするため
テープの爪をしっかりと折って
父へ渡しました。

懐かしのVHSテープ。標準録画と3倍録画
(長く録れるが画質、音質が落ちる)が選べた。


父はビデオテープのタイトルラベルに
筆ペンで「美空ひばり」と
一文字ずつゆっくりとしたため
最後の「り」の字を
書き終えたところで目を瞑り
そのまましばらく沈黙した。

ああ、きっといろんな
名シーンとかエピソードを
走馬灯のように
思い浮かべているんだろうな。

ホントに大好きだったんだなぁ。



そんな想像をしていたのも束の間
父は再び目を開けて
右手の筆ペンの先を確認した後
ラベルにしたためた
「美空ひばり」の文字の下に…

ちゃん

と書き足して、照れくさそうに微笑んだ。

…え? ひょっとして…

「ちゃん」を
 付けるか付けないかで  
 悩んでたってコト??

父のお茶目な一面を見られた
貴重な一日になった。

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