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気づかないほうがいいんです。TOTOエコリモコンの生みの親が貫く「お客様第一」のひたむきな思い

■これ、誰にお礼言ったらいいですか

日本が世界に誇れるサービスや技術。みなさんは何を思い浮かべるだろうか。
 
何でも揃う、コンビニエンスストア? きっちり時間通りに運行する、電車?
確かに日本に訪れた外国人観光客がこれらのクオリティに驚くという話はよく耳にする。

しかし、あれを忘れてはならない。現代の日本がもっとも世界に誇れるサービスや技術の1つは…… 

©Adobe Stock

公衆トイレ!
 
最近ではどこの駅や商業施設でもトイレはピカピカ。便器の前に立つと「いらっしゃいませ」と言わんばかりに便座が開き、音楽や環境音で私たちのプライバシーを守り、温かい水でお尻をきれいに洗浄し、最後は「ありがとうございました」とすべてを水に流してくれる。
 
これぞ、日本のおもてなし。どこまで進化すれば気が済むのだ、日本のトイレよ。
 
そして今回、「#これ誰にお礼言ったらいいですか」プロジェクトに寄せられた投稿で、知られざるトイレの進化が発覚した。

ん、発電? 
 
よくよく考えてみれば、トイレが自動で行う数々の動作には、電力が必要。それはもちろんリモコンにも。
その電力を電池やコンセントからではなく、実はリモコンが自ら発電していたというのだ。

知らないうちに斜め上の進化を遂げていたトイレ。しかし、スイッチを押すたびに発電というのは、一体どういう仕組みなのか。
 
いつもならば、お礼を言うべき相手を探すところだが、今回はすでにTOTOの製品であることがわかっている。
 
そう、TOTOと言えばトイレ業界にさまざまな革命をもたらしてきた会社。

調べてみるとやはり、TOTOでスイッチを押すたびに発電する「エコリモコン」なる商品を開発し、実用化済みとのこと。


我々はさっそくアポイントを取り付け、TOTO本社のある福岡県北九州市へ向かった。


■ついに「エコリモコン」の生みの親、森岡さんと対面

訪れたのはTOTO本社に隣接するTOTOミュージアム。

どことなく水滴をイメージしているというデザインの建物内に入ると……

TOTOの約100年の歩み、つまり日本のトイレの歴史を象徴する展示の数々。そう言えば、「ウォシュレット」は登録商標なのでTOTOの製品のことだけだということを、ご存知だろうか? 

「ウォシュレット」のほかにも、トイレ用擬音装置「音姫」など、自由な発想と生活者のニーズをとことん突き詰めていく姿勢で、さまざまな新技術を世に出してきたTOTO。
 
そして「エコリモコン」でトイレのリモコンは自ら電力を自給自足できるようになり、永久機関のように動き続けることが可能になった。
 
そんなトイレの歴史に名を刻んだ「エコリモコン」の開発者が、この人。

エレクトロニクス技術本部の森岡聡子さん。
 
優しそうな雰囲気だが、実は「エコリモコン」を世に出すため、自ら神奈川県茅ヶ崎市にある研究所から北九州市の本社へ異動を願い出たという、信念の人。さっそくお話を伺った。


●ボタンを押すと発電する、「エコリモコン」の不思議

─改めて「エコリモコン」とはどういう製品なのか、説明いただいてもよいでしょうか?
森岡さん:トイレの壁に便器の洗浄やウォシュレットなどを作動させるボタンがあるのを見たことがあるかと思います。「エコリモコン」は、そのボタンを押す力で発電し、電波信号を飛ばす仕組みになっている製品です。主に商業施設やオフィスビルなどのパブリックスペース向けの製品として開発しました。

─なぜ、リモコンに発電をさせようと考えたのですか?
森岡さん:パブリックスペースのトイレ用リモコンには、大きく2つのタイプがありますが、それぞれに課題もありました。
 
ひとつは施設の電源とつなぐタイプ。これは導入にあたり壁の解体工事や配線工事などが必要になり、費用も高額になってしまいます。
 
もうひとつは乾電池式で、これは定期的に電池交換をする手間がかかります。また、電池が切れるとウォシュレットが使えなくなってしまい、お客様からすれば故障しているのと同じことになってしまいます。
 
この2つの課題を同時に解決する製品として開発したのが「エコリモコン」なのです。

─なるほど、だから自己発電式なのですね。でも、どうしてボタンを押すと発電できるのですか?
森岡さん:最初は押すときに発電しようと考えていました。でも、ボタンを押す力や速さは人によってバラツキがあります。では、どうすれば一定の発電量を得られるかを考えたときに押すときの力を一度バネに蓄えてから、利用しようと考えました。ボタンを押すと「カチッ」と押し切った瞬間にバネが開放されて、発電機が回転する仕組みになっています。
 
もともとTOTOには「アクアオート」という手を差し出すだけで水の出し止めができる製品があるのですが、そこでも発電式のタイプがあります。
 
アクアオートの場合は水力発電なのですが、その発電の技術を応用できないかと考えました。ただし、水力ではなくボタンによる人力で、ですが。


●自ら異動を願い出る。「エコリモコン」への熱い思い

 ―森岡さんは「エコリモコン」の開発のために茅ヶ崎の研究所から九州本社に異動されたそうですね。
森岡さん:はい。TOTOの製品開発は研究所で基礎技術を開発し、それを本社の開発部門に引き継ぐのが通例です。私は茅ヶ崎の研究所で発電技術の研究をしていたのですが、「エコリモコン」の開発が決定したタイミングで、九州本社への異動を願い出ました。

どうしても実装段階まで携わりたくて。社内では珍しいケースだったようです。
 
─「エコリモコン」への熱い思いがあったのですね。
森岡さん:
そうですね。まさに私の電子工学の知見を活かせる領域でしたし、この技術でさまざまな人の問題を解決したいという強い思いがありました。
 
だから、異動に関しては新しい環境でチャレンジさせてもらえることに対してのワクワクしかありませんでした。
 
本社の開発部門では、「茅ヶ崎から、何か難しいことをやろうとしている人が来る」と、商品化まで数多くの課題があるテーマだったので、心配の声もありました。


─300人ほどいる部署のなかでも、女性は珍しかったとか?

森岡さん:はい。でも、やりにくさは特に感じませんでした。他の同期と同じように扱ってもらえましたし、手を挙げればチャレンジさせてもらえる環境でした。
 
今では女性の技術者も少しずつ増えてきています。視野が広がり、研究所とはまた異なる視点で物事を見られるようになったのも、異動の大きな収穫でした。


●トイレを選べないからこそ、気づかれないほど使いやすく

―開発期間は3年かかったそうですね。特に苦労された点は?
森岡さん:ボタンの押し心地をいかに快適にするかが最も難しかったです。発電をすることで、ボタンを押しにくくなってはいけないので、いかに気持ちの良い感触で押せるか。だから、信号機やインターホンなど、世の中のあらゆるボタンを調査しました。
 
ひと言でボタンを押すと言っても、人によってボタンを押す力や角度がまったく違います。そのため、どの人が推しても押し心地が良く、きちんと発電ができるようにするのには苦労しました。
 
公共のトイレは、お客様に選択肢がありません。入った場所にあるものを使わざるを得ない。だからこそ、誰もが使いやすいものでなければならないと考えているのです。
 
─最近ではさまざまな施設に導入され、急速に「エコリモコン」が広がっているそうですね。
森岡さん:正直、本当に世の中に受け入れられるのか不安もありました。商業施設やオフィスビル向けなので、施設の建設が計画されてから導入までどうしてもタイムラグがあり、普及にも時間がかかります。でも、発売して10年、さまざまな施設に導入され、広がってきました。最初は導入された施設があると聞くたびに、現地まで見に行っていました。
 
─トイレに関わる製品って、なかなか直接感想を聞くことも少ないですよね。どういうときに自分の仕事が役に立っている実感するのですか?
森岡さん:施設向けの製品だと、やっぱり直接のお客様である施設に導入されると、評価されているのだと実感できますね。あと、ありがたいことに「エコリモコン」でいくつか賞もいただきました。
 
確かに最終的にご利用いただくお客様から直接声をいただくことは少ないのですが、現在このミュージアムに「エコリモコン」が展示されています。
 
そこでも「すごい」「発電できるなんて知らなかった」というような声をいただいていると聞いています。


─確かに発電していることは製品には記載していないですから、「知らなかった」となりますよね。せっかくの素晴らしい技術ですから、そこをもっとアピールしたいとは思わないですか?

森岡さん:それをどこまで伝えていくべきか、悩ましいですよね。家庭用のトイレであれば、実際に使用する人が商品を選びます。でも公共施設の場合は違います。
 
自分が選んだわけではないからこそ、そこで使われている技術を意識するのではなく、自然にご利用いただけるのが一番ではないか、と。
 
そういう意味では、気づかれない方が良いのかもしれないですね。その結果、世の中に広がって定着していけば、それが何よりですよね。


●開発の裏側にある「お客様第一」の文化

─気づかれないほど違和感なく利用できることが究極の「お客様第一」なわけですね。
森岡さん:そうですね。TOTOには、私を含めて社員みんなが大切にしている、初代社長の「先人の言葉」というものがあります。そのなかに「需要家の満足が掴むべき実態」という言葉があるのですが、やはりお客様に満足いただくことこそが大事で、利益は結果としてついてくると。
 
そのためには良品であることはもちろん、その中に不良品が混じっていることなく均質でなければならないという考えです。


─森岡さんの「エコリモコン」の開発姿勢に通じるものがありますね。森岡さんのお話を聞いていると、トイレへの熱い思いがひしひしと伝わってきます。日常でもトイレのことを考えてしまっていたり、とか?

森岡さん:そうですね(笑)。プライベートで商業施設に出かけたときでも、すべての階のトイレをチェックするのは欠かさないです。建物の階層ごとにコンセプトが異なることが多いので、つい観察してしまいますね。
 ─職業病ですね(笑)。でもだからこそお客様のことをとことん考え抜くことができるのだ、と感じました。本日はありがとうございました!
 
謙虚でありながら、トイレやトイレを利用する人たちへの思いが伝わってくる森岡さんのお話。こういう人たちがいるから、私たちの快適なトイレでの時間があるのですね。

ここで、投稿をくださった方に代わってお礼のボードを森岡さんにお渡し。

「素晴らしい製品を世に出していただき、ありがとうございます!」


■森岡さんにお話を聞いて

TOTOのトイレのなかでも、「ウォシュレット」の開発秘話はこれまで何度もメディアにも取り上げられてきた有名な話。一般の生活者の方にもわかりやすく、スポットライトが当たりやすい。
 
一方で、「エコリモコン」は、自己発電という素晴らしい発明ではあるが、言ってみれば少し“地味”だ。裏側を聞けば誰もがすごいと思う技術ではあるが、トイレを利用する一般の生活者にとってみれば直接的に関与する技術ではない。
 
それでも、だ。世の中はこうしたスポットライトの当たらない技術によって支えられている。
 
「エコリモコン」は施設の管理者にとって多くのメリットをもたらすのはもちろんのこと、それによって高品質なウォシュレットがさまざまな公共の施設に導入される大きな助けになっている。
 
それはつまり、私たちが至るところで快適なトイレライフを過ごせるようになることを意味している。
 
「気づかれない方が良い」という森岡さんの考えは、ひたむきだった。
 
もし、身の回りにこういった、ふだんは素通りしがちだが、実はすごい技術があれば、「#これ誰にお礼言ったらいいですか」で教えてほしい。
 
森岡さん、これからもトイレへの熱い思いを貫いてください! そして森岡さん、並びにTOTOの皆様。これからも日本のトイレをよろしくお願いします!!

文:「#これ誰にお礼言ったらいいですか」プロジェクト事務局メンバー

「#これ誰にお礼言ったらいいですか」プロジェクトサイトはこちら


■「#これ誰にお礼言ったらいいですか展」 無事終了しました!

エコリモコンのエピソードはじめ、約600人から集めたお礼とその先の本人のエピソードを集め、展示する「#これ誰にお礼言ったらいいですか展」を開催しました!
勤労感謝の日は、一年でいちばんいい仕事への光が当たる日になりますように。 
 
詳細はこちら▼ 
開催期間:2024年11月22日(金)~24(日) 
開催時間:11/22(金)12:00~19:00 
11/23(土)10:00~19:00 
11/24(日)10:00~17:00 
会場:MIL GALLERY JINGUMAE (ミルギャラリー神宮前) 
住所:東京都渋谷区神宮前4-25-28 Google Map 
アクセス:東京メトロ 明治神宮前駅 徒歩3分/表参道駅 徒歩7分 
JR 原宿駅 徒歩8分 
入場料:無料 
 
(終わり)