見出し画像

キャリアウーマン

好きなことで生活していくなんて無理って言うのは好きなことをとことんやってから言えよ。と、コーダに出逢う前の私に今なら言えると思います。

好きなことをやっていない私は、落ちこぼれでした。そして好きなことをやっていないのだから真剣に仕事なんてしていたって給料も変わらないし、適当に時間を過ごして定時にさっさと帰って早くコーダの散歩に行ったり自分の時間を過ごしたいと考えていました。

そのやる気の無さは仕事にも現れていたようで、会社の上司や同僚には信用されていないし、ずっと契約社員のままでした。正社員の声がかかっている同い年くらいの同僚もいたけど正社員になったら負わなければならない責任や付き合いがあるので、もし声がかかっても嬉しくなかったと思います。

IT業・小売業・広告業・設備業で働いてみましたが、一生懸命真面目にやろうとしても頭が悪いからなのか、上司にうまく取り入ることができなかったからなのか、やっぱり好きなことしてないから働きたくないのに働いていると言うことがバレているのか、まじめでないことがバレたのか最後の会社以外はリストラに遭っていました。

「浅野、お前の席明日からないから。」と、一緒に飲みに行ったり仲良くしていたはずの年齢もさほど変わらない上司から言われる屈辱たるや。その会社ではリーマンショックで毎日のように首切りが行われていて、ついに自分の番が回ってきて、泣きながら段ボールに荷物を詰めて帰ったこともある私。その時まだコーダはこの世にいませんでした。

他の会社でも似たような扱いを受けて、どうして人と同じように働けないんだろう。なぜ上司に嫌われるんだろう。仕事が好きと思えないんだろう。だけど辞めたら何すればいいんだろう。同じ仕事をずっと続けられたら、もしかしたら正社員になって給料も良くなって会社の中の役職もついたのかな?なんて思っていた時もあったけど、そんな悩みはクソでした。

正社員にならなくてよかったー。「なれなくて」だけど、なれなくてよかったー。人生の貴重な時間を好きでもないことに費やしてしまったあの期間、サナギのような期間、石橋を叩きまくってから渡る慎重派な私は同じような働き方をなかなかやめることが出来ませんでした。

自分は営業職に向いていると思ったので、広告代理店(と言っても商業施設のセールルプロモーション代行業)の営業職になり正社員で働きだしましたがパワハラ・セクハラ・サービス残業のブラックすぎる企業で、毎日電話100件と飛び込み営業を強いられ精神が崩壊する前に辞めました。

その会社で働いていた時、そこそこ大手の飲食チェーンのアポを新規で取ることができて課長を連れて看板やチラシなどの提案に行き、帰社したらすぐに見積もりを送りますと言って駅に向かいました。

品川駅だったのでたくさんの人がいました。課長は別の課の課長だったのであまり話したこともなく、初めての同行だったので少し気まずい感じでした。歩道橋から改札に向かって歩いている時でした。

駅構内全体がギィィィと軋み、ガタガタと揺れているのを感じました。その瞬間に今まで居た人たち全員がハリウッド映画を観ているかの如くこちらに向かって走り出しました。

前を歩いていた課長は立ちすくんでオロオロしていました。目をまんまるにして、口がぽかんと開いて「おぉ、おぉ、」なんて絞り出すような声を出して、おしっこ漏らしてんじゃないかってくらいの雰囲気で我を失っていました。

その課長の手を握って、全速力で駅の外に走り出しました。パニック映画さながら周りの人たちもサバンナのヌーの群れのように一斉に走っていました。そして、空を見上げると高層ビルの頭の方が、ぐるぐると空に輪をかいて回っています。駅の外まで課長を連れてくると、喫煙所に行き煙草を取り出して吸い始めました。

課長の煙草を持つ指先を見るとガタガタ震えていて、煙草の先端から根元までもう灰になっていました。課長は男性なんですが、全く頼りにならないどころか手を取って外に連れ出されないとあの場所で人に踏み潰されていたかもしれないです。

それは東日本大震災が起きた日でした。

私は課長と品川から築地まで歩き、帰社して見積もりを作ってからは電車もバスもタクシーもなく帰宅難民になりました。目黒に住んでいる友人の家まで歩きその日は泊めてもらいました。

その時、こんなクソみたいな会社で全く頼りにならないくせにハラスメントだけはしっかりやる上司と過ごすのは時間の無駄。何かのタイミングでお陀仏になったら死んでも死にきれない!それに大地震が起きたのに見積もり作ってから帰れって言うのも狂ってる。自分の命をどう使うか、この災害に気づかされたのです。

十数人の全社員の前で退社の挨拶をする時、若く未熟なのに部長になってしまった上司に、「浅野はタイに行ってキックボクサーやることになったんで辞めることになりました。」と言われて全く面白くないし何の関連もないし誰も笑っていなかったけど、「そうです。お世話になりました。」と言って菊の花を貰いましたが会社の前に置いてきました。

そして私は2度と営業職なんてするもんかと思い、仕事でバリバリキャリアを積むキャリアウーマン的なやつに憧れるのを辞めました。

現在、この時よりも幸せです。キャリアウーマンって何だったんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?