#211 仲通り輪舞曲

金曜や土曜の夜更け、新宿2丁目のメインストリートである仲通りでは、たまにハイテンションで飛び上がったり踊ったりする人が現れる。よく見る光景だ。

大抵の場合、酒酔いも深まってテンションも絶好調になり、飲み明かし踊り明かそうという享楽的な刹那の姿である。2丁目の美しい景色の一つだ。

普段、酒を飲んでもここまではしゃぐことのない私だが、一度だけ彼らと同じようなことをしたことがある。

会社員だった頃、随分久しぶりに大学時代の友人Nから連絡があった。内容は「社会見学のために新宿2丁目に行きたいから、案内してくれないか」というものだった。私はそれを見て、少し警戒心を抱いた。

連絡をくれたNは、在学中私と仲が悪かったわけでも、話す機会が少なかったわけでもなく、とはいえしょっちゅう飲みに行くとか遊ぶとか、そういうことをする程の仲でもなかった。ごくごく普通の楽しい友達だ。

何が私を警戒させるかというと、Nは私がかつて付き合っていた最初の恋人と高校生からの友人であったことだ。

最初の恋人は著しく束縛が強く、かつプライドが妙に高くて閉鎖的な人だった。正直、思い出すのもうんざりするくらいの人間ではある。それでも5年ほど付き合えていたのは、ひとえに私に交際経験がなく、恋人との健全な距離の取り方や付き合い方が分かっていなかったからだ。大事にされてたのは事実なので、自分が抱えたモヤモヤした気持ちに踏ん切りをつけられないまま、ダラダラと関係を続けていた。

しかし、私が好むモノが自分には合わない・理解できないと「そんなものを好いているとおかしくなる」「俺が好きなら、それを手放せ」とか言ってくるのが続き、とうとう耐えかねてかなり強硬な手段で離別したのが、会社に入社してすぐの頃だった。

その後しばらくは、度々「○○のライブチケットがあるから一緒に行こう」とかメールしてきては、どうにか再会できないか画策してきたが、見え透いた下心から全て断ってきた。

すると、今度はそいつの母親からある年の正月に連絡先も教えていないのに長文のメッセージがmessagerに届いて恐怖した。内容は私とそいつが別れたことに納得していないというものだったが、後半から何故か箱根駅伝の話になっていたので、おおよそ正気ではないと思って何も言わずにブロックした。

それ以降、私は脳の隅に置かれた見えない可能性を恐れながら過ごす日々を送っていた。いつ、アイツやアイツの親が職場や自宅に押しかけたり、訳のわからない連絡をしてきたりするだろうか。ずっと憂鬱だった。

そんなことが続いた末の友人Nからの連絡だ。
アイツの考えそうなことでいえば、自分が直接連絡しても私が取り合わないから、Nを介して当日押しかけようという魂胆があってもおかしくない。そういうことを平気でやる人間だ。

私はNに「来るのは1人だな?」と念押しして聞き、1人であることを確認したら、念のため私の旧知の友人で失恋したてのSにも連絡を取り「2丁目でいい男を集めるから来い」と言った。他にも、会社の後輩や仲のいい先輩も呼んで、万全の体制を整えた。

当日。
Nが先に到着し、私と待ち合わせて馴染みの店(アデイ)に行った。先輩と後輩、そしてSは仕事が終わってから合流することになったので、しばらくの間はNの近況を聞くことにした。

今は再生エネルギー関連のベンチャー企業で社長になっていること、2丁目に興味を持ったのは自分の見識を広めるためで、大学時代から2丁目に通っていた私を思い出して連絡したこと、Nが大学の頃付き合っていた彼女とはもう別れたことなどを聞いた。

「大学時代の友人には会っているか?」
と私が探りを入れると、Nはアイツのことについてこう言った。

「結婚したって。すげーメンヘラで束縛の強い嫁らしい」

私はNの顔を見て、本当?と聞いた。Nが頷く。私は思わず「ここ最近で最高のニュースだ!」と店内で叫んだ。

するとタイミングよく、友人Sが駅に到着したと連絡がきた。道が分からないので案内するため、私は新宿三丁目駅へと駆け出した。

改札前のSを見つけると、私は彼女を抱きしめ「聞いて!」とあらましを話した。「アイツがすげーメンヘラと結婚した」と聞いて、Sは一瞬私を心配するような顔をした。でも、その心配に反して私のテンションは上がり続ける。

Sの手を引いてスキップしながら、大手を振って2丁目を行く。Sは私に「悲しいとかじゃないの?」と聞いてきた。まさか、悲しいわけないじゃないか!アイツの気色悪い束縛からやっと解放されたんだ!結婚おめでとう!ありがとう、メンヘラの嫁!末長く幸せであれ!

仲通りで私はSの手を取り、スキップし、回り、大口を開けて笑いながら、みっともなく踊った。Sは目を細めて笑いながらこう言った。

「今のアンタ、カッコいいよ」

そうだろうとも!
私は自由であるときが、一番イカしてるんだ!

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