#79 両津勘吉の7人兄弟
かつて、強烈な印象を残していながら現在は一切の交流がなくなった友人・知人というのは多くいるだろう。
特に、同じ学校に通う同級生なんかはそういうのが多い。もちろん、今に至るまでかれこれ10年以上の付き合いになるかけがえのない友人たちもそれなりにはいるが、しかしあの当時共に過ごした同級生達の中ではごく一握りだ。
人の付き合いとは儚いものだと思う一方で、たまにその内の誰かに思いを馳せては「今、どうしてるのかな」と考えることもある。
Aくんという男の子がいた。
彼は小学校時代の同級生で、当時私が住んでいた家から比較的近かったことから、登下校が一緒だったメンバーのうちの1人だ。
Aくんはクラスにおいては、所謂おちゃらけ系のキャラクターで、休み時間に教室の後ろで他の男子達とバカバカしい話やおふざけをすることが多い子だった。
しかし、Aくんにおいて最も特徴的だったのはその眉毛だった。
しっかりと太く生えた眉毛は見事にカモメ状に繋がっており『こちら亀有区亀有公園前派出所』の主人公・両津勘吉と完全に近似値だ。
顔を見るたびに「本当に両さんと同じ眉毛の人っているんだ」と感心するほどであった。
Aくんは見た目こそ両さんだったものの、両さんほど強欲でもないし、暴力的でもなく、ただバカバカしいことが好きなだけの穏やかな少年だった。そして、時折友人がその眉毛についてイジってきても嫌な顔せず、むしろ両津勘吉と同じ眉毛であることに誇りすら抱いているようでもあった。
ある日、私の母とAくんの母とで仲良くなって、Aくんの家へ遊びに行くことになった。
事前に、Aくんは男ばかりの6人兄弟でつい先日7人目の長女が生まれたと聞いていた。
そこまでの大家族も珍しいので、楽しみにしながら行くと偶然にもご両親・兄弟全員が揃っていた。
壮観な景色だった。
母親を除く、父親から一番小さい弟と妹たちに至るまで、全員が見事な両さん眉毛。
あまりに強烈すぎる遺伝子だ。
まぁ、両さんのキャラクターを考えれば当然かもしれないが、しかしここは亀有でもなければ、週刊少年ジャンプの世界でもないのだ。
家に上がらせてもらって子供部屋に行く道すがら、同じ眉毛の小さな兄弟達が絡んでくるし、同じ眉毛の大きなお兄ちゃんがそれを嗜めてくる。もはやSFの世界のようでもあった。
子供部屋に着くと、大きな本棚が見えた。
そこに並んだ本を見て、私は子供心に「流石にできすぎだ」と思った。
『こち亀』全巻コンプリート。
この当時ですら『こち亀』は既に150巻をとうに超えており、これが全て家庭内に揃ってるというのは到底あり得ない話なのだが、それがよりにもよって、両さん同様カモメ眉毛のAくん宅にある。
「すごいね、こち亀全部あるじゃん」
私がそう言うとAくんは言った。
「そう!すごいだろ!」
Aくんにとって両さんはヒーローだったのだろう。自分と同じ眉毛のキャラクターが、漫画の世界であらゆることに挑戦し、普通ではあり得ない騒動を巻き起こすのを見るのは、どんなに痛快だっただろうか。
ときどき、Aくんのことを思い出しては、あの眉毛は健在だろうか、連載終了した時どう思っただろうか、兄弟達は……と考えてしまう。
両さんのような大人になっていて欲しいと思う反面、それはやめておいた方がいいんじゃないかとも思う。
ちなみに。
一番下の妹さんは、中学生くらいの頃に眉毛をすっかりキレイに整えていたという話だけは友達伝いに聞いている。
まぁ……そりゃ、そうだよな。