#56 駄々漏れのチャクラ
知らない人によく声をかけられることが多い。
所謂、営業やアンケート調査など何かしらビジネス的な目的で声を掛けられることではなく、本当にフラットな理由で声をかけられるのだ。
日本人だけでなく、外国人に道を聞かれることも多いし、たまたま居酒屋で隣になった客や店員に話しかけられて仲良くなることもある。
旅行先で知り合った現地民と友達になることも少なくない。もちろん海外でも。
自分で自分のことを、そこまでコミュニケーション能力に長けた人間だと思っていなかったので、こうして見ず知らずの人に妙に慕われることを不思議に思っていたのだが、でもよく考えたら今の仕事で対人取材やインタビューとかもしてるし、何ならpodcastでMCもしているんだから、自分で自分を「コミュニケーション能力がない」と思うのは勘違いも甚だしいかもしれない。
とはいえ、今まで声を掛けられて一番「何故?」と思ったのは海外旅行の時だ。
オーストリアのウィーンに行った時。
旧市街をブラブラしていたら、同じヨーロッパ圏の別の国から旅行で来ていた人に声を掛けられた。
「○○駅に行きたいんだが、どう行けば良い?」
当たり前だが、私は現地に長らく住んだことはない。私だってただの観光客だ。地下鉄なんて把握しきれていない。毎回、路線図と睨めっこしながら電車に乗っている。
そんな私に道を聞く?
言っちゃあ悪いが、見るからにアジア人の顔をしているので、まさかヨーロッパ圏の人からそう声を掛けられるとは思わずびっくりした。
「すんません、私も観光客です……」
と言うと、相手はため息を一つついて他の人へ聞きに行ってしまった。その方がいい。
それ以外にも、チェコのプラハにあるレストランで夕食をとっていたら、たまたま隣の席にいた日本人夫婦に声を掛けられたこともある。
聞くと、注文した料理が多すぎて食べきれず、代わりに食べて欲しいというものだった。
申し出をありがたく引き受けて、残った料理をいただいているとご夫婦が話しかける。
「こちらに住んで長いんですか?」
なるほど、と合点した。
現地に住むアジア人に見えていたのだ。
確かに、私は他の日本人(アジア系)旅行者と大きく違う点がある。
手持ちの荷物がめちゃくちゃ小さい。
他の人はリュックや大きめのハンドバッグなどを使うことが多い中、私は小さいボディバッグ一つで街中を歩き回ることが多い。何なら、普段日本で買い物に出かける時とほぼ同じだ。
きっとそれが理由だろう。
海外ではこんな調子で、自分から声をかけて仲良くなることも少なくはないが、大半は向こうから声を掛けられて仲良くなることが多い。
英語は出来るものの、簡単な日常会話や世間話くらいしかできないにも関わらず、その後Facebookで誕生日ごとにメッセージのやりとりをする程度になる人もいる。
不思議なものだ。
国内となると年配層からの声掛けが多い。
蒲田近郊に住んでいた頃、初めて髪の毛をバチバチの金髪に染めて、イヤーカフなどを沢山つけた攻めの格好をしていた時のことだ。
通常なら年配者がイヤがりそうな格好をしていたにも関わらず、蒲田駅のホームでおばあさんに道を聞かれたことがある。
「今日のアタイは誰も寄せ付けないぜ!」
と思っていた矢先のことだったので、拍子抜けしてしまった。誰も寄せ付けないにしては、あまりに顔立ちが間抜け過ぎたのかもしれない。
もちろん、おばあさまには丁寧に区役所までの道を教えて差し上げた。
また、屋久島に一人旅したとき。
お目当ての縄文杉登山から帰って、生まれたての子鹿のように震える足腰をどうにか動かしながら、下宿先の食堂で夕食を食べていたら、地元の漁師夫婦に声を掛けられた。
「どこから来たの?」
「縄文杉行ったの?」
「大変だったでしょう?」
「飛魚食べた?」
など、一通りの話をしているとご夫婦からこんな申し出があった。
「縄文杉行ったんなら足痛いでしょ?明日の朝8時にここに迎えにくるから、一緒に温泉に入りに行こう」
思ってもみないお誘いに面食らいながらも、ご夫婦が言うように往復8時間の過酷な縄文杉登山の後で、私の足腰は完全に崩壊していた。
ご夫婦の勧める温泉なら間違い無いと思い、お誘いを受けることにした。
翌朝。
時間通りにご夫婦がお迎えに来てくださり、行きつけの温泉へと連れて行ってくれた。
そこは尾の間温泉という場所で、登山道の入り口にある小さな古い銭湯のような場所だった。
外には足湯があり、夏にも関わらず足湯の近くでは猫がのんびりと寝転んでいた。
地元民なら無料で入れるらしいが、それ以外の人は有料。とはいえ300円と破格の値段だ。
尾の間温泉の特徴は泉温にある。
源泉掛け流しどころか、源泉が湧いている場所がそのまま温泉になっており、泉温は常に50℃くらいをキープしている。
バラエティ番組でよくある熱湯チャレンジとほぼ変わらない温度だ。
女湯で一緒に入るおばさまが入浴マナーを細かく教えてくれる。
「まずは、この掛け湯をとにかく沢山かけるの。2〜3度じゃダメ、7回くらいかけないと、温度が熱く感じられたままだから」
掛け湯も激アツな温泉のお湯だ。
言われた通りかけようとするがとにかく泉温が熱すぎる。しかし、おばさまがお湯を容赦なく私にもバシャバシャかけてくるウチに、段々とこの破格の熱さが心地よくなってきた。
髪と身体を洗い、湯船に浸かる。
熱い。
だが、耐えられない熱さではもうない。
熱い湯に浸かりながら、壁に描かれた宮浦岳の絵や、民謡の歌詞を見ながらその意味をおばさまに聞いたりした。
「あの、歌詞にあるモッチョム岳のモッチョムってどういう意味なんですか?」
「女性器のことよ」
え。
「ウチの旦那にも『あの山はオマエのアソコとよく似てる』って言われたことあるわ」
聞かなきゃよかったと思った。
しかし、風呂から上がると驚いた。
昨日あんなに痛かった足腰の痛みがもう無い。
何なら慢性的な肩こりすら消えている。
なるほど、案内してくれているご夫婦含めて屋久島のシニアがみんな肌艶がやたら良くて、元気な人ばかりという理由に頷ける。
その後、道の駅でご夫婦の買い物に付き合ってスイカを運ぶ手伝いをしたり、二人が営む水産加工店で魚の煎餅や塩茹でしたカメノテなどをご馳走してもらったりした。
「次また屋久島来たら声かけてね!」
心尽くしにおもてなしをしてくれた上に、こう言ってもらってはしないわけにはいかない。
このような感じで、やたら知らない人から慕われることについて、気心の知れた友人が言っていた。
「オマエ、チャクラがガバガバに開いてるんだよ。だから人が寄って来やすいんだ。世界に対して常にノーガードだから」
チャクラがどうかは自分では分からないが、世界に対してノーガードというのは少し納得できる。
さあ、世界よ。
かかってこいよ。
私はどんなことでも受け入れてやるぜ。