エッセイ「人生が一変した特に何ということのない日」

 再生、ブラウザバック、再生、ブラウザバック、再生、ブラウザバック……
 先程からパソコンに向かい、YouTube上でこれをずっと繰り返しているが、私としては真剣そのものである。日々聞いている音楽にそろそろ飽きを感じて、新しい音楽を探しているのだ。実家の棚にあった母親のサザンオールスターズのすいかボックスはすっかり聞きつくして、もはや私のものになっている。高校の図書館から借りたQUEENのベスト盤や、友人から借りたthe pillowsのアルバムも、たった6GBしかないiPod miniのプレイリストに加わっている。でも、もっと違う、新しいものに飢えていた。
 十代――それもこれから成人を控えた十代後期において、これから出会う音楽というのは人生において重要なものになるという確信があった。人生観や志向、あらゆるものに影響を及ぼすに違いないものだ。そんなことを漠然と思いながら、直感を信じてネットの大海を遠泳し始めてからもうすぐ二時間ほどになる。しかし、まだ自分のアンテナにビビッと感じるものにはなかなか出会えずにいた。もちろん、いくつかは面白いと感じるものもあったが、最後まで見る気になれたものはごく僅かだ。

 泳ぐ河岸をYouTubeからニコニコ動画へと変えてみることにした。もう名前も知らない外国人のティーンエージャーがガレージでかき鳴らしまくるラウドロックにうんざりだ。ニコニコ動画に河岸を変えて一つ、良いことに気付く。タグだ。気に入ったMVから共通したタグを辿れば、もう少し自分の好みに近いものに出会えるかも知れない。現在のように、AIが視聴履歴から好みを分析した動画をオススメしてくる前の時代ならではの探し方かもしれない。これはこれで長い遠泳になることには変わりないが、海水浴場に立てられたポールをたどりながら行くような感じになるので、まだ良い。タグがイマイチ機能していないYouTubeであてもなく漂流するよりずっとマシだ。
 ブックマークしていたMVを開き、タグを見る。ブックマーク数の多さを示すタグでたどるのも良さそうだが、大多数が良いというモノが自分に刺さったことはほとんど無い。私の目には別のものが留まった。「#邦楽PV傑作選」というものだ。クリックすると数もそこまで多くない。音楽において、ビジュアルは結構重視している。ビジュアルといっても歌手が美人やイケメンであるかということではなく、MVの構成や纏う衣装、パフォーマンスなどの世界観のことだ。だから、良いMVというだけでもう惹かれてしまう。
 早速タグをたどり始める。ユニコーンの大迷惑から始まり、APOGEEのアヒルにたどり着く。あ、このタグいいかも。今の所全部好み。PVも凝っていて良い。でも、まだまだ。もっと、何か、雷に打たれるような出会いが欲しい。
 そう思いながらさらに動画を漁る遠泳をし続ける。一つの動画が目に止まった。おそらく八十年代くらいのものらしい。名前を見たが知らないミュージシャンだ。音楽好きの友人からも、元レコード店員だった親からも聞いたことが無い。いいね、知らないミュージシャンなんてワクワクする。そう思いながら、その動画をクリックした。
 凄まじい音楽と映像が目まぐるしく展開され、私を襲う。
 思わず、ブラウザバックしてしまった。これまでのように、これをつまらないと思ったから後戻りしたのではない。本能的に危機を感じたからだ。これ以上、こんなものを見たら頭がおかしくなると直感的に思ったのだ。だが、心の奥底では好奇心がムクムクと膨らんでいく。見たい、でも見てはいけない。
 このように脳内で相反する意思の葛藤が起こるとき、あらゆる人がそうであるように、私の脳内には天使と悪魔がやってくる。深夜にアイスクリームを食べたくなったときや、道端に落ちている小銭を見つけたとき、金欠のときに欲しい物を見つけたとき……私の場合、今のところ天使と悪魔の勝率は五分五分だ。さて、そんな葛藤の火花を感じてまた二人がやってきた気配がして、後ろを振り返る。
 違う。天使と悪魔は、いつもなら分かりやすく“天使”と“悪魔”の姿でやってくる。白い服を着た明らかな善の体現者と、黒い服を着た悪の体現者。深夜にアイスを食べるかどうかで言うなら「食べない」という選択肢は健康を考慮した「善」の天使が司り、「食べる」という選択肢は健康を害して快楽を優先する「悪」の悪魔が司るように。でも、違う。彼らはグレーの服を着ており、善でも悪の姿もしていなかった。こんなのは初めてのことだ。
「どっちがどっちだ?」
 私がそう聞くと、彼らは互いに顔を見合わせてから答える。
「何のことだ?」
 二人が言う。右手側に立ったヤツが口を開いた。
「そんなものを見てみろ。目にも脳にも悪影響だ。ただでさえ、お前は普通じゃないとか、変人だとか言われているんだぞ。普通に生きたいと、お前も常々願っていることじゃないか。そんなもので、ますます変人まっしぐらなんてゴメンだろう?」
 左側のヤツが反論する。
「たかが音楽じゃないか。変な音楽の一つや二つ、好きでいて何が悪い?それに、自分の人生だぞ。自分の好きなものを信じて何が悪いのさ。今、目の前にあるのは人生を大きく揺るがすような出会いの予感だ。それをみすみす逃すのか?」
 二人が喧々諤々と意見を交わす。しかし、今回のは珍しい。善でも悪でもない意見が混濁としている。しかし、こいつらは一体なんだろうか。二人の意見にしばらく耳を傾ける。
「世間で生きていくには、マジョリティの感性を持つ必要がある。他のみんなと同じ感性を持つことが、今後の生きやすさを左右するんだぞ」
「生きやすさぁ?烏合の衆と同じ方向を向くことだけが生きやすさなんて浅い考えだ。自分の感性を信じて生きることこそ、本当の生きやすさだろ」
 私は彼らの話を聞いていて、気づいたことを口に出す。
「常識と本能か」
 二人がこちらを見る。今更気づいたのかという呆れた顔でため息をつく。
「どちらが悪でどちらが善かは、最初からお前の価値観に起因するものだ。その時、自分にとって善き選択なら天使に、悪どい選択なら悪魔に見えるだけ」
「たとえ悪だと分かっていても、必要ならばそれを選ぶものだろう。ならこれだって同じさ。我々の姿だけで判断するんじゃない」
 私は再びパソコンモニターに向き直った。二人は相変わらず激しく意見を交わしている。だが、徐々に片方の声がどんどん大きくなっていった。
「変人に思われたらどうしようだって?それが何だ。もうすでに家族にも友人にも変人だと思われているんだぞ。今更、コレを避けたところで変人じゃなくなるって?馬鹿な話だ!好きになろうが、そうでなかろうが、もう変人であることは変わらない。変人だと分かっていて、ずっと付き合いの続く友人だっている。人生は一度きりだ!ならば、自分の心の赴くままに、もっと狂っちまえばいいじゃないか!」
 私が再生ボタンを再び押すと、二人の姿は消えた。
知らない言語で叫ぶ男の声に続き、けたたましく打楽器が鳴り響く。チープな3DCGが凄まじいスピードで切り替わる中で、人の目が高速で瞬きしている。
気がつくと、私はそれをもう三回も再生していた。
このミュージシャンは何者なのだろう。そう思って調べたら、以前見て気に入った映画の音楽を作っている人だった。私はそのまま、彼の音楽をさらに漁ることにした。そのまま、数年後には彼のライブに行き、CDを買い、気がつけばファンクラブにまで入っていた。それでどうなったかって、別に。私は変わらず、ずっと変人のままだ。
 その動画のタイトルが知りたいって?
タイトルは『世界タービン』、ミュージシャンの名前は平沢進だ。

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