it's 舞 callingの歌詞の超訳解説


導入

これまでばってん少女隊5thアルバム「九伝」に収録されている楽曲で、日本神話に関わる歌詞について三曲それぞれ解説してきました。

今回はその最終回。
取り上げるのは三曲目に収録されている「it's 舞 calling」です。

公式では”鹿児島県と宮崎県境に位置する高千穂峰が舞台となっている神話「天孫降臨」をテーマに”とあり天孫降臨伝説をモチーフになっていることが分かります。

では、今回も「it's 舞 calling」の歌詞と天孫降臨伝説の物語それぞれを見て、この曲に込められたメッセージを読み取っていきたいと思います。
そして、そこにある”その先の希望”について解説していきます。

今回も偏見と知識不足をもとに記事を書いていますのでその点ご了承ください。

it's 舞 callingの歌詞

これまで解説して来た曲は日本神話をモチーフとしながら、歌詞の中でそれには明言せず、神話の物語と重なるイメージを散りばめる形で示していました。
ところが「it's 舞 calling」ははっきりと「天孫降臨」また「高千穂の峰天降ります」と言及しています。

歌詞の音としては、多くの部分で韻を踏み倒していて、曲の最後にBメロとサビとが重なり飽和しながらも見事に調和する美しい歌詞となっています。
同じく渡邊忍さんが提供したばってん少女隊の「わたし、恋始めたってよ!」の進化系といえる楽曲です。

また、歌詞の意味としては、「未来」や「未知なる」と未来に関わる言葉が多く、さらに「新たな道」「道を拓き」とこれから先に進んでいくという意味が多く込められているようです。
そして、「いつまでも夢の続き? NO!導かれてんだ」と強い意思で歩んでいることを歌っていると分かります。

ばってん少女隊の行く末を、美しい言葉で強く背中を押す内容になっています。
とくにそれを象徴する歌詞がタイトルの由来ともなっている「it's my calling」。
英語では「これは自分の天職」という意味になり、アイドルとしてのこれまでの活動を肯定する歌詞になっています。

ただ、だからこそ「it's my calling」と二番・三番で音が重なる「天孫降臨」「ばってんそん降臨」は唐突で違和感を覚えます。
この二箇所さえなければ完璧に美しい希望の曲と言えるのに、わざわざ「天孫降臨」と入れている。
韻を踏めるからというなら別の単語でもいいでしょうし、「神話をモチーフにする」がディレクターからのオーダーだとしても、なぜ「天孫降臨」だったのか?

そこで、天孫降臨伝説についてその内容を見ていこうと思います。

天孫降臨伝説

「天孫降臨」とは、天=アマテラス(天照大神)の孫であるニニギ(瓊瓊杵尊)が天界(高天原)から地上(葦原中国)の高千穂峰に降り立った物語です。
以下ざっとした概要です。


当時の地上はオオクニヌシ(大国主)ら国津神が出雲に大きな国を建てていましたが、天津神のタケミカヅチ(武甕槌命)らの活躍によって、アマテラスら天津神へ国を譲ることが決まります。(国譲り伝説)

そこで、アマテラスは長男のオシホミミ(天忍穂耳命)に地上平定の任を命じます。
ところが、オシホミミは「自分の息子ニニギが生まれたばかりだから、彼こそがその任にふさわしい」と言います。
そのため、アマテラスはニニギに天降りを命じました。

旅立ちにあたって、アマテラスはニニギに三種の神器授け、アメノウズメ(天宇受売尊)を含む五柱の神をお供につけます。

ニニギが天降りをしようとすると、その道に一人の神がおり、ニニギはお供のアメノウズメに話を聞いてくるように命じます。
すると、その神はサルタヒコ(猿田彦)という国津神で、ニニギを迎えにやってきたと言い、地上への道を照らしてくれました。

そして、ニニギは天浮橋から日向国の高千穂峰に天降りました。

一般的には、天皇の系譜がこの地上を治める正当性を示す物語であると言われます。
天界で一番偉い神様の孫がやってきて、地上を治めることになった。
天皇はその子孫だから地上を天皇が治めているのは正しいというわけです。

ただ、ニニギの視点からすれば、「天命によって、住み慣れた場所を離れ、未知の場所を目指す、行って帰らない旅」の物語と言えます。

ニニギは生まれたばかりの若者でした。
また前段である国譲り伝説では、多くの神が地上に派遣されますが、ことごとく返り討ちにあって戻ってこられませんでした。当時の地上は「騒々しく」「邪まな」土地と言われていました。
そんな野蛮な土地に行って治めるという無理難題を、自分の祖母であり絶対的権力者のアマテラスから命じられるわけです。
物語では語られませんが、その心中には不安と惜別の想いが少なからずあったことでしょう。

そして、その旅の終着地点が高千穂峰だったわけです。

歌詞に込められた天孫降臨のメッセージ

あらためて天孫降臨伝説とは、天命によって若者が慣れた場所を離れ新しい場所に挑戦する旅の物語で、それは瀬田さくらさんの卒業に大きくオーバーラップしているわけです。

瀬田さくらさんは10年芸能界、そしてばってん少女隊という場所で活躍をしてきました。
アイドルとしてステージに立ち、ファンとしては見上げる存在でした。
そんな女神のような役割を卒業し、ぼくらと同じ一般人に降る。
その卒業の過程を天孫降臨になぞらえることで、歌詞の意味以上に具体的な状況や背景を込めているのです。

瀬田さんのファンは、卒業の発表から卒業公演までの過程で、いくつものライブや特典会に参加し、この瀬田さんの卒業という現在進行形の天孫降臨伝説の目撃者ともなりました。
また、「it's 舞 calling」のLiveMV撮影に参加したファンは、その物語の登場人物ともなったわけです。

結論としては平凡ですが、
この「it's 舞 calling」は瀬田さくらさんの卒業に贈られた曲、というわけです。

その先の物語

「it's 舞 calling」と天孫降臨伝説はそれぞれ「高千穂峰天下ります」と結ぶわけですが、天孫降臨伝説にはその後のお話があります。
そこにある仕掛けと希望について もう少しお付き合いください。

音楽絵巻としての仕掛け

地上に降り立った後のニニギは、美しい女性と出会い結ばれます。
そして、ホデリ(火照命)ホスセリ(火須勢理命)ホオリ(火遠理命)の三人の子供をもうけます。
この末っ子のホオリは通称山幸彦と言います。
この人が豊玉姫の夫で、アエズ(不合命)の父親。
豊玉姫とアエズは「九伝」の四曲目「ureshiino」の主人公です。
詳細は以下の記事をどうぞ。

「it's 舞 calling」の次の曲が「ureshiino」となっているのは、日本神話の物語での連続性も示しているわけです。
「九州に伝わる伝説や伝承文化を、ダンスミュージックで紡ぐ音楽絵巻」という「九伝」にふさわしい仕掛けですね。

桜の女神

ニニギが出会った女性の名前をコノハナノサクヤ(木花之佐久夜毘売)と言います。
”花の咲くように美しい”という意味の名前です。
そして、この”花”は””を指します。

つまり天孫降臨の旅の果てに、美しい桜の女神と出会うわけです。

「it's 舞 calling」は瀬田さくらさんの卒業の曲であると同時に、そのさき「お互い元気にしてたらまた会えるよ」という ある意味楽天的な希望の曲ともなっている、のかもしれません。

まとめ

「it's 舞 calling」の歌詞の中には具体的な情景を伺わせる箇所は少ないのですが、天孫降臨伝説の物語をベースにすると、瀬田さんの卒業という情景がはっきりと浮かんできます。
この曲は天孫降臨伝説をテーマにしているということ自体がメッセージになっているわけです。

九伝の制作ドキュメントの中で、渡邊忍さんは「おれなりのみんな(隊員)への想い。仲良くしようぜ」と言って、これがばってん少女隊へのファンへのメッセージであると言っています。

また「calling」の意味は、もっと広く「天命」という意味もあります。
このタイトルは「アイドルは”天職”だった」という瀬田さんの想いであると同時に、この卒業の決断が、それを受けてのそれぞれの選択が「あれは”天命”だった」と言える未来に繋がってほしいという願いを込めたタイトルとも取れます。

さらに「また会えるさ」という楽観的な希望も。

以上、天孫降臨伝説の物語から読む「it's 舞 calling」の歌詞の解説となります。

ありがとうございました。

蛇足

蛇足です。

ニニギってなんの神様?

コノハナノサクヤは桜の神様ですが、ニニギは稲作の神様です。
そう””の神様なんですね。
米の神様が旅の果てに桜の神様に出会うって吹き出してしまうようなシチュエーションとなっています。
肉とニンニクの神様がいないか探したんですが見つかりませんでした。
肉!米!ニンニク!

大河ドラマみたいな九伝

本編でも「it's 舞 calling」の天孫降臨伝説のニニギの子供が、次の「ureshiino」での重要人物となっていて連続していると解説しました。

ほかにも天孫降臨伝説に登場するアメノウズメは、7曲目の「サニーサイドスリープオーバー」でテーマになっている天岩戸伝説で重要な役割を担っているし、「でんでらりゅーば!feat.Daoko」では歌詞のなかに登場します。
詳細は以下に。

このように「九伝」の各曲は、それぞれに物語として連続性があって、まるで大河ドラマのような印象を受けます。

もう一つの神器

ニニギの旅立ちにあたってアマテラスは三種の神器の八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣を渡します。
そしてこれが以降天皇の継承の証となっているわけです。
上記の「サニーサイドスリープオーバー」の記事でこの三種の神器がいまでも日本各地にその実物が保管されていると紹介しました。

加えて、ニニギはもう一つの神器をオオクニヌシから受け取り、高千穂峰に突き刺したと言われています。
それが天逆鉾、別名天沼矛とも言い、イザナミ・イザナギの国産み伝説に登場するものです。

この鉾はいまでも宮崎県・鹿児島県境の高千穂峰山頂部に突き立てられているとされています。
火山の噴火で折れてしまい、現在地上に見ている部分はレプリカですが、地中の柄の部分はオリジナルのままだそうです。

高千穂峰山頂部に突き立つ天逆鉾

なお、あの坂本龍馬は妻お龍との新婚旅行で九州を訪れた際にこの鉾を引き抜いてみせたと手紙で姉に伝えていて、その手紙も現存しています。

もうひとつの遊び歌

「九伝」は日本神話をテーマとした曲以外に、九州に伝わる遊び歌をテーマにした曲もあります。
「でんでらりゅーば!」と「あんたがたどこさ〜甘口しょうゆ仕立て〜.」ですね。

そして「it's 舞 calling」にも遊び歌が入っています。
「ハイシィドウドウ」て歌詞、これは金太郎の童謡の一部ですね。
惜しいことながら金太郎は足柄山、静岡の物語なんですよね。

グルーミー?ブルーミー?

サビ前の韻を踏んでる歌詞でグルーミーとブルーミーとあります。
どんな意味でしょう。

グルーミー(gloomy):暗い、陰気な、陰うつな、憂うつな、ふさぎ込んだ
ブルーミー(bloomee):花の咲いたような、満開の

”舞い降てくよこの世はグルーミー”で、世の中の厳しさを言ってて
”吹き飛ばすから悦びでブルーミー”で、それを吹き飛ばして満開の花ようにしようという展開の歌詞なんですね。

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