カントリーダンスのように跳ねる音。
ギター?のキュッキュッって音がなんだか心地よいです。
『Wall,Window』は自然の描写が多くて好きだ。
<葉っぱが光をつらぬくよ>
<地中深く伸びる根の音>
もちろんこれはどの季節でも起こりうる事だが、音の瑞々しさが初夏を連想させる。
出された手紙の書き出しは<聴こえるかい?>という問いかけ。
瑞々しく動き出した植物たちを語るための、『手紙』なのだろうか。
しかし<虫の背中焦がす陽の音>という表現、あまりに目線が良すぎる。
想像してみたくなるものね。
「ちりちり」とか「ちち ぢち」とかかなぁ。
口ずさみたくなる歌、というか口ずさみ"やすい"曲だと思う。
<竦むきみを 駅のホーム 風が連れ去る>
<晴れた日に>
うーん、爽やか。
丁度いま位の穏やかな気候の中、駅のホームが思い浮かぶ。
(すくむ、を「竦む」と書くんですね。)
同じメロディで歌われる
<膝をついた 横断歩道 風が連れ去る>
<晴れた日に>
も良い。
映画のワンシーンみたいで素敵だ。
要所要所で奏でられる、「タッ、タッ、ターン」という3拍子がリズミカルに曲を引っ張っていく。
楽しいね。
<手紙は降り積もるよ きみは気づいていないけど>
<聴こえるかい?人波で倒れ込むきみを>
<聴こえるかい?あれは演技だと誰かがいった>
優しいだけではない苦みのある歌詞も好きだ。
(他の曲に比べると、かなりマイルドかもしれないが。)
「人込み」ではなく「人波」と言うワードセンスも好き。
人波で倒れ込んだ時、「あれは演技だ」と言うなんて、ひどいと思う。
それと同時に、「そういうもんかもな」とも納得する。
そして、演技だなんて言わない人になりたい、とも思う。
<それはそれは昔のお話>
<きみはいつしか変わってしまった>
<ひとは居場所を離れていく>
<音楽が手を離れていくように>
と、
<それはそれは同じお話>
<きみはちっとも変われなかった>
<ひとが居場所を守っている>
<音楽が手のなかで光るように>
この対比もたまらんですばい。
前半がネガティブな事を言っているわけではないんだけど、変わって「しまった」とか、離れていくという言葉には、寂しさが薄いベールのように纏わりついている。
後半も、ポジティブな事を言っているわけではない。
しかし、「ひとが居場所を守る」事を、「音楽が手のなかで光る」という目に見えないあたたかさ、よろこびで表現している所がグッと来る。
変わる事も、居場所を離れていく事も、個人的には当たり前の事だと思っている。
でも、この人にとっては、「音楽が手を離れていくように」寂しい事なのだろう。
そして、あぁ・・・「音楽が手のなかで光る」とはなんて美しい表現でしょうか・・・。
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普段は「楽しい~」と思いながら聴いているせいか、文章に書き起こすと意外と歌詞について語りたい事が多くて驚いた。
改めて見ると、『手紙』の歌詞めちゃくちゃ好きだ。
久しぶりに聴いたせいか音源の声もとても優しく聴こえて、癒された。
『Wall,Window』はそういう曲が多い印象。
ヒーリングミュージックというやつですね。
爽やかな初夏の風を浴びながら、また聴こう。