ある閉ざされた雪の山荘で

「ある閉ざされた雪の山荘で」 東野圭吾


東野圭吾の作品に触れたのはこれが初めてだが、読み始めてすぐにこの作品が良作であると感じられた。

それは作品へ没入していく冒頭の書き出しや、展開の早さだ。

ドラマや漫画で作家がうーん、と頭を悩ませ1行目がなかなか書けない。

なんて展開をあなたは見たことがないだろうか?

それもそのはず。作者は僅か数行でこの本の続きを読みたいと思わせないといけないのだ、それは冒頭から頭を抱えざるを得ない。

しかし、この作品はそれを見事にやってのけていた。

冒頭からの展開が早く、読み始めて10ページもしないうちに主な登場人物や舞台設定などが明確になっていく。

しかし展開が早くて頭の整理が追いつかない。などという事もなく物語が本格的にスタートするまでの、もたもたとした煩わしさが無くなんともストレスフリーで物語に没入していけた。

人はミステリーを読む時に「物語の流れを素直に楽しむ」派と「自分こそが探偵で犯人を当ててやる」という派に分かれるようだが

私は後者で作者が答えを開示する前に与えられたヒントで謎を解こうとする派だ。

しかし残念ながら今までに作者に勝利した事はない。

今作は物語が始まって少しすると一人の登場人物の視点でストーリーが進んでいく。

その人物がストーリーテラーとなる訳だが、私は

「ははぁ、この人物がストーリーテラーであり探偵役と思わせて安心させておき、この人物こそが犯人ではないか」

という思いを持ちながら作品を読み進めていく事になるが、これは私が以前にアガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」を読んで作者に敗北した事が起因となっている。

ストーリーテラーが犯人である。という衝撃的な作品だったからだ。

かくして、私はストーリーテラーである主人公役も含めた皆を疑いの目で見ていく事になる。

これはもはや私自身も殺人が起こり疑心暗鬼に陥っているほかの登場人物達と同じ心境という訳である。そこまでも作者の想定なのだろう、そういう書き方である。圧倒的な作品への没入感である。

次に素晴らしいと思ったのは、クローズドサークルの設定だ。通常のクローズドサークルは登場人物達がある場所に閉じ込められ、外部との連絡が絶たれた状態だ。

よく用いられるのが、孤島にバカンスに行き迎えの船が来るのは4日後。

などの設定だが今作は物理的には外部との連絡などはまったく絶たれていないし、いつでも殺人事件の舞台となるペンションから逃げ出すことが出来る。しかしそれを精神的に縛り登場人物達を連絡も脱出もできない状況へと誘ったのだ。

私はミステリーを読んだ本数がそこまで多くないので技巧や手法で他作品との比較がなかなか出来ないが、少ないながら今までに読んだ作品にはこういった設定はなかったのでとても斬新であり面白い設定だと衝撃を受けた。人間は物理的ではなくとも精神的にクローズドサークルに追いやる事が出来るのだ。

次に人物描写についてだ。アガサ・クリスティーの作品は登場人物が多く頭に登場人物の相関図を入れるまでかなり苦労するのだが、この作品は登場人物がさほど多くはない。

しかしそれでも登場人物の動向を描写する時は基本的に姓名がフルネームで描かれていた。普通は最初の人物説明時以降は姓か名のどちらかで描くものだが今作は常にフルネームだ。

その事もあり相関図や人物像をとても頭に入れやすかった。珍しい書き方があるものだ。くらいにしか思わなかったが、

まさかこれが本作の大事な部分に関わっているとはまったく気づかなかった。

その後は終盤の種明かし部分まで登場人物も読者も今作で起こっている殺人が現実なのか偽りなのかを疑いながら進んでいくが、ここもまた面白いポイントだった。

通常のミステリーなら殺人がおき、犯行可能な人物やトリック、動機などを考えていくものだが、今作は「実際の殺人は行われていない」「その場合の動機は希薄」という点も考慮していかなくてはならずに通常ミステリーを読む時よりも多くの脳内メモリーを割いて推理を進める事になる。

今作はページ数自体はさほど多くもないが物語の展開する速さや没入感、上記に挙げた推理要素の濃密さにより読みやすく面白い作品となっている。

最後に種明かし部分と終わり方だがこれがこの作品のもっとも素晴らしいポイントだった。が、そこはこれから読まれる方がいるかもしれないので大事に大事に内に秘めておこう思う。

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