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エイハブの六分儀-2023.9月号 西 香織

【今月の星空案内】

星の名前を呼んでみると、なんだかコチラに向かって輝いているような気がしませんか。むかし、星々を繋いだ人びともまた、同じ気持ちを抱いたでしょうか。名前って心理的な距離感、そして時間的な距離感をもぐっと縮める力を持っているように思います。

固有名詞がついている星の多くは、明るく目立つ星です。世界中の各民族の間で、自然発生的に生まれた数々の呼び名がありますが、現在まで残っているおなじみの固有名のほとんどは、プトレマイオスアルマゲストの星表に記載されたものです。こと座ヴェガわし座アルタイルはくちょう座デネブ…などもそうです。おもにギリシャ語、ラテン語、アラビア語です。ただ、こういった名前は実はニックネームのようなもので、天文学で使われる学名として、背番号のようなバイエル番号、フラムスチード番号、その他カタログ番号を使います。

例えば、バイエル番号は、各星座の中で基本的に明るい星からギリシャ文字α星β星…とあてられ整理されています(時には位置の順番)。ヴェガ、アルタイル、デネブはそれぞれの星座のα星、ヴェガはこと座α星で、アルファ・リラと呼ばれます。24文字で足りない場合は、そのあとローマ字アルファベット小文字、続いて大文字を使います。ちなみに、バイエルとはドイツの15~6世紀に活躍した天文学者です。

他に、フラムスチード番号もあります。イギリスのグリニッジ天文台初代台長のフラムスチードがイギリスから観測できた52星座について、肉眼で見える星すべてに星図の赤経の西から東へナンバリングしていきました。現在は肉眼で見えるほとんどの星は、バイエルかフラムスチード番号で表すことができます。

さらに、それよりも暗い星には単に番号が与えられます。例えば、ペガスス座の51番星。人類で初めて恒星の周りを回る系外惑星が見つかった星です。系外惑星が次々と発見される昨今では、新たな恒星や惑星の名前がどんどん増えていって、非常によい脳トレになりそうです。暗記が苦手な私は、ヒィヒィ言いながら覚えていますが、周辺の物語や理由がわかると頭に入りやすいかな、と思います。

例えば、ペガスス座51番星bと呼ばれた系外惑星は、恒星のごく近い距離を4日というスピードで公転する巨大ガス惑星でした。肉眼では見えないほど暗い星ですが、天文学上非常に重要な星ですので、後にこの恒星はヘリヴェティオスと名づけらました。発見者のミッシェル・マイヨール博士の故郷スイスにかつて暮らしていた民族の名前からとった名前です。発見された惑星は、ディミディウム。木星の質量の半分ほどの惑星なので半分という意味です。

日本にもふるくから、それぞれの地域に星の名が残っていました。星の和名は、我が国の祖先と星々との関わりがよくわかる素朴な名前が多いのが魅力です。単なる暗記は大変ですが、友だちを増やすように楽しみながら覚えては、その名を呼んで、自分だけの輝きにしてしまってくださいね。

秋も深まりつつある今月、いよいよ宵時に夜空の中央ステージに踊り出るのが、天空を自由に駆け巡るペガサスの姿、ペガスス座です。星座名はラテン語の呼び名のペガススで、ペガサスではありません。秋の四辺形と呼ばれる四角は、日本のある地域ではますがた星と呼ばれていました。2等星でちょうどペガサスのおヘソの位置で輝く「うまのおヘソ」という意味のアルフェラッツは、もともとペガスス座δ星でもありましたが、20世紀の初頭にアンドロメダ座α星と決められてしまいました。美しいアンドロメダ姫の頭の星だけに、頭が無いと事件になってしまいますから、譲るしかありませんでした。

秋の四辺形の西より2つの星を結んだ線を南に伸ばした先に輝くのは秋のひとつ星フォーマルハウトです。「魚の口」という意味で、みなみのうお座という小さな魚の星座のちょうど口もとで光っています。フォーマルハウト以外は4等星以下の暗い星ばかりですが、星を結ぶとぷっくりとした魚の姿が浮かび上がってきます。秋に旬をむかえる魚と言えば、何と言ってもサンマでしたが、それはもう過去のお話。サンマが高級魚になりつつある昨今、脂ののったみなみのうお座を星の海から釣り上げてぜひご賞味いただきたいものです。

ペガスス座とみなみのうお座のフォーマルハウトの間のあたりに、お誕生日の星座のみずがめ座がかくれています。神の国でお酒のお酌をする古代トロイの国の美少年、ガニメデスの姿。持っている瓶からこぼれ出るゆたかな水は、神々が愛した果物を発酵させて作る甘いネクタルと呼ばれるお酒です。飲みたい放題飲んですっかり酔っぱらってしまったみなみのうお座は、のんきにひっくりかえって描かれています。

フォーマルハウトは、25光年彼方で輝く比較的近くにある恒星の一つです。白色星ですが、地平線から25度という低い位置にあって気流の変化が激しい夜には、紫、緑、オレンジ…と、あざやかな色の変化を楽しめます。乱れた大気の層が分光器の役割を果たしてくれるおかげで、そろそろ北よりの空に昇ってきた冬のぎょしゃ座カペラ虹星とよばれるのと同様みごとな煌めきで、レインボーフィッシュと呼びたくなるはずです。

ところで、フォーマルハウトに21世紀に入ってから系外惑星が直接撮影できたとされダゴンと名づけられた惑星がありましたが、残念ながら今では幻の存在です。おそらく、氷でできた小天体同志がぶつかり合って出た光を撮影したのではないか、という論文が発表されています。

さぁ、秋の夜長には星空を眺めながら、ペガススにまたがって系外惑星発見の新時代へと駆け出していきましょう♪

さて、今年はプラネタリウムという機械がドイツで誕生してからちょうど100年目にあたります。1923年10月21日にミュンヘンのドイツ博物館で初めてお披露目されました。見る人の心を奪ったその瞬間から、世界中で多くの人たちがプラネタリウムの映し出す星々に魅了されてきました。

20世紀初頭、ドイツ博物館のオスカー・フォン・ミラーの依頼を受けて、「昼間に本物と同じような満天の星を映し出す」という難問に挑んだのがカール・ツァイスをはじめとするカールツァイス社の技術者たちです。

第一次世界大戦より前からの開発は大戦によっていったん阻まれますが、大戦後に完成。敗戦して疲弊したドイツの人々にとって希望の灯となったのが、プラネタリウムの星の光でした。第二次世界大戦終戦直後、カールツァイス社において、フォンブラウン周辺に起きていたロケット開発技術の米ソによる争奪戦と似通った展開がありました。プラネタリウムという機械は戦争とも深い関わりがありながら、平和の象徴になりえる存在だと信じています。来月、できれば少し詳しくご紹介させて頂けたらと思います。

10月21日(土)、プラネタリウム100周年のイベントが全国、そして世界中で開催される予定。詳細はコチラです。

プラネタリウム100歳の誕生日を一緒に祝っていただけたら嬉しいです。

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。


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