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宇宙を呑んで逃げた怪物~五島プラネタリウムの思い出(後編)-2018.11月号Twinkle Twinkle Anecdote 5

僕は小さな時からメカを見たら興奮するタチなのだが、これほどワクワクする機械は他にそうない。

プラネタリウム。はじめて座る解説員席のパネルにはボタンやツマミが百ほども並んでいて、そのひとつひとつに星座や惑星の名前が書かれていた。メインの操作盤はパソコンのスクリーンの中にあった。緯度経度や時間などの設定に加え、投影内容をあらかじめプログラムする機能もここにある。それとは別にBGM用の音響装置やその他様々な機器が並んでいて、さながらスペースシャトルのコックピットのようだ。

僕の読者コミュニティー「宇宙船ピークオッド」のクルーである西さんがプラネタリウムの特別プログラムをやらないかと声をかけてくれたのが2018年の春。
彼女はここ、コスモプラネタリウム渋谷の解説員だった。火星から見る星空を映しながら火星ローバーの話をする、というのがアイデアだった。
僕は二つ返事で了承した。なんていったってプラネタリウムの解説員席に座れるのだ。それは子供の頃からの小さな夢だった。
一夜限りのそのプログラムは9月の帰国に合わせて行われることになった。
(ちなみに、このメルマガの切り絵コーナーを担当してくれているミツマチヨシコさんは別のプラネタリウムで解説員をされていたのだが、
このイベントの直前に渋谷に転勤になるという偶然も重なった。これが「縁」というものだろうか。)

リハーサルが始まり照明が落とされると、西さんはピアニストがピアノを弾くようななめらかさでボタンやツマミを操作し、
星空を思いのままに動かした。東の空から秋の星座が昇ってくると、彼女は操作盤の右にあるUFOのような形の機械に手を伸ばしスイッチを入れた。
するとペガスス座の星々の上に、少しレトロな趣のあるペガサスの頭の絵が映し出された。西さんはさらっとこう言った。

「これ、五島から持ってきた機械なんですよ。」

五島プラネタリウム。小さな頃に父に連れられ毎月のように通った場所だ。閉館して取り壊され、ヒカリエに建て替わった。
あの時に見た星座を映し出していたのがこの小さな機械だったのか。僕はその機械とドームに映ったペガスス座の絵を交互に見ながら、しばし感慨に耽っていた。

五島プラネタリウムで活躍し、現在もコスモプラネタリウム渋谷で
現役で使われている回転式星座絵投影機(2018年11月当初)

そしてイベント当日。チケットは完売になり、ロビーには開演を待つ人の行列ができた。足の悪くなった父と母も来てくれた。

控え室で出番を待つ間、西さんは他の解説員の方たちを紹介してくれた。その中に二人、五島プラネタリウムで解説員をされていたという方がいた。
さすがに声は覚えていなかったが、あれだけ頻繁に通ったのだから、お二人の解説を聞いたこともあったに違いない。こんなことも教えてもらった。
なんと、このプラネタリウムで使われている矢印ポインタ(通称「やじるし君」)も五島プネタリウムから持ってきたものだというのだ。

イベントの様子

プログラムは西さんの星空解説から始まった。東の空から秋の星座が昇ってくると、彼女はペガサスの頭を例のUFOのような機械で映し、
「やじるし君」で指しながら慣れた口調で解説した。

三十年弱の時を遡り思い出の世界へ飛びかけていた僕の思考は、西さんの呼びかけで遮られた。

「では小野さん、行って見ましょうか、火星に!」

渋谷から宇宙船に乗って火星に行く、というのが今日の設定だった。ドームに映された火星がどんどん大きくなり、
あっという間に僕たちは火星に降り立った。再び西さんの明朗な声がドームに響く。

「さあ皆さん、到着しました。見上げてみてください、たくさんの星。でも、地球で見慣れた星空とは少し違うことに、お気づきでしょうか。」

少し間を置いた後、彼女は「やじるし君」で北の空を指して続ける。

「北斗七星が見当たりませんね。北極星も天の北極にありません。代わりにあるのがこの十字。なんの星座かわかりますか?・・・
そう、はくちょう座です。火星では、はくちょう座のデネブが、旅人に北の方角を指してくれるのです。」

続いて僕の出番が回ってきた。火星の話は今まで何十回もしてきたが、プラネタリウムでするのははじめてだ。
お客さんに聞こえないように小さく咳払いをした後、マイクのスイッチを入れ、練習しておいたフレーズを始めた。

「みなさんが今いる場所、ジェゼロ・クレーターは、大昔は湖でした。40億年前の火星は水と濃い大気のある、地球とよく似た星だったのですね。」

この場所が着陸候補地になっているマーズ2020ローバーのこと。僕が携わっているローバーの自動運転のこと。火星ヘリコプター。
火星サンプルリターン。そして遠い未来の火星都市。一気に話し終えると、プログラムは終わりに近づき、火星に朝が訪れた。

火星の朝焼けは青い。薄青く照らされたドームに太陽が昇る前、さらに青い星が、東の地平線から昇ってきた。

地球である。

その青く小さな光には、なにか懐かしさを感じさせるものがあった。未来の火星移民たちはその光を見て、
地球で過ごした幼年時代を思い出すのだろうか。「やじるし君」が僕に、
まだ若かった父と五島プラネタリウムに通った幸せな幼年時代を思い出させるように。

プログラムが終わり、ドームが明るくなった後、僕は挨拶のためにドームの中央に立った。老いた父母の姿が見えた。
客席を見渡すと、あちら、こちらに何人か、お父さんやお母さんに連れられた少年の僕が、拍手を送ってくれていた。

そして、姿は見えなかったが、たしかにそこにいた。あの「怪物」が。
宇宙を腹に飲み込んだまま、生きて元気に棲んでいた。

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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