太陽の空より vol.13 河村聡人
思い出話として2006年からの留学について話していこうかと思います。ただスマホがない時代のことなので、また留学途中でデータごとデジカメを無くしたこともあり、残っている写真はあまり多くありませんので悪しからず。
僕が留学していたのはアラバマ州立大学ハンツビル校という大学で、簡単に言うとNASAのマーシャル宇宙飛行センターのお膝元になります。留学の終盤にはNASAと大学の合同研究所にいました。大学の設立経緯も含めて、今の僕の宇宙科学/工学に対する哲学感に大きく影響を与えているのですが、そ
こはまた別の思い出話とします(ある意味で非常にセンシティブな話なので大丈夫そうなら)。
さて留学というとまずは語学の壁です。留学当時の僕は決して英語が堪能という訳ではなく(今でも語彙⼒は低い⽅だと思います)、最初の1年は正規の授業が受けられずに語学研修にいました。その語 学研修も同期の⽇本⼈がほとんどで、休み時間になると「Speak English」と先⽣に⼩⾔を⾔われるよ うな感じでした。
寮の部屋や教室から出れば、⼤勢の⼈がいるのに、コミュニケーションを取れる⼈はごく限られた少数という、今思うと歪な環境です。この歪さにどれだけ耐えられるか、どれだけ早く抜け出せるかというのは留学の最初のポイントだと思います。最初の2〜3か⽉が過ぎるころには耐えきれなくな り、帰国する⼈もいます。
この歪な環境から僕が抜け出した⽅法はチェスです。⼤学構内のコーヒーショップの傍らにチェスが置いてあったのですが、最初の話し相⼿として⼤学が付けてくれたバイトの学⽣のグループがそこで チェスを打っていて、⼈⾒知りな僕でもなんとか混ざりに⾏けたのが最初の最初でした。
チェスは中学の頃から始め、我流のオープニング戦術を持つぐらいには嗜んでいました。将棋や囲碁については⼩学⽣の頃から。なのでそのコーヒーショップの傍らでトップレベルと認められるのに時間はかかりませんでした。
最初話せたのは数フレーズです。Can I play? と (⽩⿊のポーンを両⼿に隠して)which?(選ばれた⽅の⾊で先攻後攻が決まる) と check(王⼿)と checkmate(詰み=勝ちです)と You win(負けましたと握⼿を求める)。
これぐらいだったと思います。
しかし将棋と同様に、チェスにも感想戦があります。敗者はいくつか⼿を質問する権利がありますし、勝者はそれに誠実に答える義務があります。 ⼾惑いながらも、たどたどしい英語でも盤上で駒を動かし、狙いを指さしながら説明すれば何とかな るものです。そのうち横で観戦していた試合の感想戦で意⾒を求められたりするようにもなりました。そうなるとより論理的に、⼝頭で答えなければなりません。
以上の様な調⼦で、英語を聞いてもらえる環境にいれるようになったのが語学⾯だけでなく精神⾯においても⾮常に⼤きなものでした。 似たサイクルは正規の授業を取るようになってからも随所でありました。特に数学と物理学(⽇本の ⾼校レベルからスタートします)ではクラスでトップレベルだったので質問されたり、スタディグル ープができたり…
物理学科は⼩規模だったこともあり、代々の学⽣のたまり場があって、そこのヌシというか顔役というか⼀応の役職持ちになったりと…
またチェスの⽅も、件の構内のコーヒーショップにて地域のチェスクラブが例会を持つようになり、そこに参加するようになって⾏動範囲が広がりました。下町のコーヒーショップに出かけたり、チェスの公式⼤会に出るようになったり(USCFのレート持ってました)、⼤学内のチャンピオンになった り(下図)。なおこのチェスクラブは州の歴代チャンピオンが数名在籍するところで、最後まで中堅 レベルぐらいまでの⼈にしか相⼿してもらえませんでした。
最初の⼀歩はほとんど⾶び込みでしたが、⾃分の得意と好きを認めてもらえれば、⾃然と英語で話すようになりました。なのでもし留学を考えている⼈がいれば、⾃分の得意や好きが認めてもらえやすい環境を留学前から探してみてください。例えば⼤学院⽣なら先⽣の紹介で海外の共同研究者の下に武者修⾏というのは⾮常に良い機会かと思います。 なお英語会話の難度についての私⾒としては、
【簡単】⾃分の専⾨の発表と質疑応答<研究の議論 < 飲み会での会話 < コーヒーブレイクでの会話【難しい】です。
コーヒーブレイクでの会話は各⾃の背景にある⽂化や歴史まで及ぶことがあります。単語を知っているだけでは全く太⼑打ちできません。またセンシティブな部分には踏み込まないようにしないといけません。⼀⽅でそのセンシティブな部分をうまくジョークにしてしまう⼈もいます。本当に難しいです。
河村聡⼈(かわむら あきと)
アラバマ州⽴⼤学ハンツビル校卒(学⼠・修⼠)、京都⼤学⼤学院退学。太陽・太陽圏物理学が本来の専 ⾨。最近は地球観測も。天⽂教育普及研究会2023年度若⼿奨励賞受賞。タイガースは藤川監督の下どんなチームになっていくのだろうか︖JFKの再来があれば良いなぁ。