宇宙とは何か vol.07「温度ゆらぎ」松原隆彦
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は第7回。松原先生を宇宙論の研究に突き動かした、「宇宙マイクロ波背景放射」とは?
※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。
宇宙の「晴れ上がり」
さて、少し話を戻しましょう。宇宙に「始まり」があることがわかると、いろいろなことが気になります。
どうやって始まったのか。
宇宙が始まる前はどうなっていたのか。
始まりがあるなら終わりもあるのか。
疑問は尽きません。
昔の宇宙については、実は私たちはある程度まで直接的に見ることができます。というのも、広大な宇宙の中では距離と時間が対応しています。今見ている1億光年離れた星の光、それは1億年前の光です。1億年かけてやってきたわけですからね。より遠くを見ることは、より過去の宇宙を見ることに等しいのです。
しかし、残念ながら、宇宙の始まった瞬間のことはどうやっても見ることができません。宇宙が生まれてから37万年頃までは、光がまっすぐに進めない時代です。宇宙は電磁波で埋め尽くされ、ウヨウヨしている電子にぶつかってしまうからです。それが、37万年経って電子が原子に取り込まれるようになると、ぶつからなくなって、急にまっすぐ進めるようになりました。これを「宇宙の晴れ上がり」と呼んでいます。
――なぜ、原子にはぶつからないんですか?
光は、プラスやマイナスの粒子にはよく反応しますが、原子は中性だからです。ごく近くに行けばプラスとマイナスに分かれているために反応することがありますが、遠ければ気にしません。素通りできます。
電子はマイナスです。電子がウヨウヨしていると、すぐに反応してバンバンぶつかってしまうのです。プラスの陽子にも反応しますが、軽い電子の方がはるかに反応しやすくなります。
ともあれ、現在、観測できるのは37万歳以降の宇宙ということです。宇宙は138億前に生まれたのですから、かなり若い、生まれたての頃の宇宙が確認できるといっていいでしょう。
37万歳の宇宙は光り輝いていました。3000℃くらいで、白熱電球と同じ明るさです。すごく明るいですね。その後、宇宙が膨張するにつれ温度が下がっていきます。空間が伸びるとともに波長も伸ばされて、温度も明るさも変わるんです。
逆に、37万歳よりもっとさかのぼっていくと光の波長が短くなってしまい、紫外線になって見えなくなります。光に満ちあふれてはいるのですが、もしそこに人間がいたとしても最も輝いている波長成分は肉眼には見えません。
宇宙マイクロ波背景放射
さて、宇宙が37万歳のときに出た電波が観測できています。
宇宙マイクロ波背景放射です。マイクロ波とは電磁波の一種で、波長帯が電子レンジで使われているものと似ています。そのマイクロ波が宇宙全体からやってきているのですが、夜空に見える星よりもずっと向こうからやってくるので「背景放射」と言います。
宇宙マイクロ波背景放射を地球で観測すると、どの方向でもだいたい同じ温度です。約3K(ケルビン)。宇宙の晴れ上がりの頃は3500Kだったものが、宇宙の膨張で引き延ばされて温度が下がっています。
どこもだいたい同じ温度だということは、昔の宇宙がどこもほぼ同じ状態だったということです。もしも大きなデコボコがある宇宙なら、温度にも差があるはずです。
ただ、完全に均一ではありません。場所によってわずかに差があります。そのゆらぎを表現したのが、これです。
色の濃いところ、薄いところがありますね。本来は10万分の1K程度のゆらぎを、わかりやすく色付けしています。
この温度ゆらぎがはじめて見つかったのは、1992年、私が大学院生の頃でした。もっと解像度が粗く、ボケボケの状態でしたが、この発見に世界は大騒ぎだったんです。
当時、私は大学院で素粒子の研究をしていました。宇宙の研究ではなかったんですね。でも、もともと広い意味で宇宙に興味がありました。この世界はどうやってできているんだろうという疑問が出発点だったんです。それで、素粒子の方向に進んでいたのですが、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎが見つかったことが後押しになり、宇宙の研究にシフトしていきました。個人的にもそれぐらいインパクトのあった「事件」でした。
もし、昔の宇宙が完全に一様で、ゆらぎがなかったのであれば、現在の宇宙も完全に一様であるはずです。しかし、現在の宇宙には星や銀河があります。銀河が集まった銀河団、さらに大きな超銀河団などが存在しています。
一方で、それらがないところもあります。この完全に一様ではない宇宙の構造は、ゆらぎが生み出しています。
ほんの小さなゆらぎですが、そのほんの小さなゆらぎが重要なのです。このゆらぎがなければ、星も銀河も生まれず、私たちが存在することはなかったでしょう。
《続きは次回、vol.08をお待ちください》
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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。
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