マンスリーデルタV 2019.5月号
初めて「THE VOYAGE」に寄稿させて頂きます高橋雄宇(ゆう)です。
学部留学、博士課程を経て2013年よりJPLで働いています。専門はナビゲーションです。
今年はJAXAのHayabusa 2(以下はやぶさ2)、そしてNASAのOSIRIS-REx(オシリス・レックス。以下オシリ)と、二つの小惑星サンプルリターンミッションが同時進行中ですね。はやぶさ2は第一回目のダッチダウンとクレーター形成をすでに完了、オシリは来年7月のタッチダウン候補を現在選定中です。小惑星探査ミッションは、2010年のはやぶさの地球帰還によって注目を浴び、今まさに「小惑星探査の春」というべき時代となってきています。
そんな岩っころに何百億円もかけて何が面白いのだ!なんて思う方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は「なぜ小惑星探査が難しくやりがいがあるのか」について語りたいと思います。
そもそもナビゲーションというのは何かと言うと、二つの要素から成っています。
1. 現在の位置を把握
2. 目的地までの行程を描く
ここで大事なことは、step 1があってこそ初めてstep 2が意味あるものになる点です。つまりstep 1⇒ step 2であり、step 2⇒step 1ということは有り得ず、またどちらかが欠けても駄目です。
例えばアメリカのLAに行こう!と決めても、現在位置が分からなければ行程を描くことは出来ません。例え先走って行程を立ててみても(step 2)、もし現在位置(step 1)が間違っていたなら当然目的地には着きません。
小天体ナビゲーションの難しい点は、まずは小天体の位置を把握することです。小天体の軌道はニュートンでお馴染みの重力方程式(難しいバージョン)で計算出来ますが、どの軌道に乗っているかは主に地球や人工衛星からの観測に依ります。観測データとしては主に光学(写真)やレーダー(地球から天体への距離)がありますが、これらのデータをうまく組み合わせることにより軌道を逆算していきます。
例えば人の体重ならば体重計に乗れば一発で答えが出ますが、体重計が無く測定出来るデータが身長のみだとします。こうなると一気に問題が難しくなりますね。なぜかというと「求めたいもの」と「観測したもの」が違うからです。
天体の場合は天体の3次元での位置(3方向)と速度(3方向)を知りたいので、合計6つのパラメーターを求める必要がありますが、写真となると二次元の情報、レーダーですと一次元の情報です。6つの情報を求めたいのに、観測データでは1つや2つの情報量しか無いため、即座に軌道を導くのはとても難しくなります。
先ほどの体重の例に戻ると、きっと統計を活用して体重と身長の関係から平均値を探して体重を予想し、さらに年齢・国籍・人種が分かっていたら尚予想が当たる確率が高くなるでしょう。
このように一つのデータから軌道を即座に導くことは不可能でも、様々なデータを積み重ねることで軌道を正確に、そしてより高い確率で計算できます。この時に計算される不確定性を用いると、例えば一年後のA天体の軌道は90%の確率でB地点から±10km以内にいる、というようなことが言えるようになります。
今回のはやぶさ2やオシリの目指した天体は直径がそれぞれ1kmと600m。ということは行程何キロ後にたった5km軌道がずれただけで「あれ?あると思っていた所にリュウグウが無かったぞ…」なんてことがあり得るわけです。目的地の天体の軌道さえも正確に分かってない訳ですから、小惑星探査の難しさは想像できますよね。
目的地も分かってないのに探査機を打上げるの?と思うかもしれませんが、計画段階からこういった人間が考え得る全ての不確定要素を考慮した上でミッションは設計されています。
例えば…
XXXX年Y月Z日に光学データを撮ると天体軌道の不確定要素が10%以下になる。
撮影のためにはまずはイオンエンジンを止めて、探査機の姿勢を変えなければいけない。
写真のデータは重いので、他の機器による観測データは減らそう。
週に3回しか地球と交信出来ないから写真の枚数はX枚以内。
その時のカメラの温度はY度だと予想されるから、温度に敏感に反応するカメラAだとノイズが高い可能性がある。
そのノイズはどうやって除去しようか?
その時のコマンドはどう送れば良いか?
地球に送るテレメトリーの優先順位は?
これは地上でリアルタイムのサポートが必要なクリティカルな運用か?
あ、でもここでイオンエンジンを止めるとデルタVが足りないから目的地に到着するのが1ヶ月も遅れちゃう…
そうするとサンプルリターンのために天体を離れなければいけない時期は決まっているから、サイエンスに費やせる時間が短くなっちゃう。
着陸地選定に使える時間も短くなる…
うーん、じゃあ写真撮るのはいつが良いの?
ちょっと計算し直します…
こんなことを散々繰り返します。
探査機は打上がってから目的地に到着するまで、あまり仕事が無いように思われがちですが、実際は本番に向けての準備がとてつもなく忙しいです。
ということで、この小惑星探査がいかに難しいミッションであるかということは、ご理解頂けたと思います。次回は僕が携わっているオシリス・レックスについてお届けします。マンスリーデルタVの感想、お待ちしています!
高橋雄宇
JPLで働くナビゲーションエンジニア。
Dawn, Juno, OSIRIS-RExの軌道決定 ・Radio Scienceに関わる。専門は小惑星周りの軌道決定・重力場のモデリング。エンジニアは仮の姿で、本当は自家製ビールの向上に日々汗を流している。