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6年で宇宙探査はどれだけ進んだか?①月編・その1 -小野雅裕

6年で赤ちゃんは小学生になり、小学生は中学生に、中学生は大学生に、大学生は社会人になる。人の一生の時間軸で、短いようで長い一区切り。それが6年だ。

6年前の2018年、拙著『宇宙に命はあるのか』が上梓され、読者の皆さんの熱い応援のおかげで5万部のヒットとなった。200年前のSFから話を起こし、宇宙探査の最前線から、人類が「ホモ・アストロルム」に進化する数千・数万年後までを描いた本だ。

その「最前線」は6年で随分と前へ進んだ。その差分を埋めるべく、4月28日にこの本の改訂版が出版される。この機会に、改訂版に書いたこと・書かなかったことを含め、この6年の人類の宇宙の旅の進歩を、振り返ってみようと思う。

第一回の今回は「月編その1」である。数日後に「その2」を公開する。その後に「火星編」「地球外生命探査編」と続く予定である。


アポロ以来、月は半ば忘れられていた。人類が最後に月を歩いたのは1972年。無人探査機すら、1976年のソ連のルナ24号以来37年間も月に着陸することはなかった。

その月が近年、ホットな探査目標になっている。6年前の2018年は月探査に大きな転機が訪れた年だった。そして6年後の現在、その成果が形になりつつある。

忘れられた月〜2018年以前の月面探査

6年前、月面探査は熱狂と喪失の狭間にあった。

少し、時を遡ろう。NASAの有人宇宙探査の目標は、まるで振り子のように、大統領が変わるごとに月と火星の間を行ったり来たりしてきた。

2005年、ブッシュ大統領がアポロ以来はじめて人類を月へ送り込むコンステレーション計画を発表。しかし2009年にオバマ大統領はこの計画をキャンセルし、火星を有人探査の第一の目標に掲げた。(ちなみに2008年に連載を開始した漫画「宇宙兄弟」の世界線は、コンステレーション計画に基づいている。)

コンステレーション計画の想像図。「宇宙兄弟」の読者には見覚えがあるだろう。(Image: NASA)

そして2017年12月、こんどはトランプ大統領がオバマの計画を撤回し、2028年までに有人月面着陸を実現する計画を発表した。これがのちに「アルテミス計画」と名付けられることになる。2019年にはペンス副大統領が計画を4年繰り上げ、2024年までに有人月面着陸を実行するようNASAに求めた。

その熱狂とは裏腹に、現実の月面探査は思うようには進まなかった。当時、民間初の無人月面着陸を競うGoogle Lunar XPrizeが行われていた。優勝賞金は3000万ドル(約30億円)。日本からもispace社がインドと組み、HAKUTOという月面ローバーでこのレースに参加した。SpaceXの華々しい成功を受け、月面にも「民間の時代」がすぐに到来すると多くの人が楽観的に考えていた。

ispace社のローバー HAKUTO (Image: ispace)

しかし、月は遠かった。

撤退や遅延が相次ぎ、2018年3月、勝者なきままGoogle Lunar XPrizeは終了してしまった。

この間、NASAやJAXAはオービター(周回機)を月へ送り込んでいたが、着陸で成果を上げたのは中国のみである。2013年に中国の嫦娥3号が37年ぶりとなる月面着陸を成功させ、ローバーの走行にも成功した。

一方、NASAもリソース・プロスペクターというローバーを月面に送り込み資源探査をする予定だったが、2018年5月にキャンセルになってしまった。

2019年にはGoogle Lunar XPrizeに参加していたイスラエルの非営利団体SpaceILが着陸機ベレシートを打ち上げたが、失敗に終わった。

これが、約6年前の月面探査の状況である。中国以外の国では、政府も民間も、期待に実績が遠く追い付かない状況だったと言える。

転機:2018年:CLIPとHLSプログラムの開始

この潮目を大きく変えたのが、NASAのCommercial Lunar Payload Servicesプログラム、略してCLPS(クリプス)だ。

NASAが「お客さん」として民間企業にお金を払い、ペイロードの月面への輸送を委託する。もちろん技術的なサポートもセットだ。これにより、月面輸送を担えるアメリカの民間企業を育てる。これがCLPSの目的である。

月面探査も民間を活用していくというNASAの方針が示されたのである。

CLPSが発表されたのはGoogle Lunar XPrizeの終了直後の2018年4月。ある意味、NASAがXPrizeの目的を引き継いだと言える。

11月にはCLPS契約獲得競争の参加資格を得た9社が発表された。カーネギー・メロン大学から生まれたAstrobotic社、NASAジョンソン宇宙センターの元副長官が起業したIntuitive Machinesなど、多くが新興企業だった。日本のispace社もアメリカのDraperと組んでこのレースへの参加権を得た。

2019年、最初のCLPS契約がAstrobotic、Intuitive Machines、OrbitBeyondの3社に与えられた。(OrbitBeyondは後に脱落。)2021年に初のペイロードが月へ届けられる予定だった。

一方、有人月面探査でもNASAは民間の活用を進めた。

2018年12月、アルテミス計画で宇宙飛行士を月面へと運ぶ Human Landing System (HLS)を競争入札によって民間に委託することが発表された。選ばれるのは最大で2社。応募した5社の中で本命と思われていたのは、ジェフ・ベゾスのBlue Originが歴史ある宇宙企業と組んだ「ナショナル・チーム」だった。

ところが2021年にNASAは、SpaceXを唯一の勝者として発表した。大ドンデン返しだった。

SpaceXの月着陸機は想像の斜め上を行く異色のものだった。同社が兼ねてから構想していた完全再使用型の超大型ロケットStarshipを、そのまま月に着陸させてしまうという大胆な構想なのである!全高なんと50メートル。宇宙飛行士はカゴ型のエレベーターで月面へと降りる。こんな巨大なものが月に着陸したことは、もちろん過去に一度もない。

SpaceXによる有人月面着陸機HLSの想像図 (Image: NASA)

そして2022年、NASAはアルテミス計画に不可欠な巨大ロケットSpace Launch System (SLS)の初飛行に成功する。Artemis 1と名付けられたこの無人ミッションでは、宇宙飛行士を月へと運ぶオリオン宇宙船が月を周回し、無事に地球に帰還した。人類の月への帰還が、一歩近づいた。

アルテミス1の打ち上げ(Image :NASA)

数日後に公開予定の「月編その2」では、月着陸への日本の挑戦、史上初の民間付き着陸、そして日本も参加するアルテミス計画による有人月着陸について書く。

宇宙に命はあるのか・改訂版について

約200年前のSFから話を起こし、人類が「ホモ・アストロルム」に進化する数千〜数万年後までを描く壮大なストーリーはそのままに、この6年間の宇宙探査の進歩を、原稿締め切りギリギリの最新情報と共に書き加えました。

僕自身がNASA JPLで携わっている火星ローバー・パーサヴィランスや、エンケラドスの地底の海での地球外生命探査を目指す #EELS のことも書いてあります。SLIM, Odysseus, Artemis, Ingenuity, JUICE, Europa Clipper, Dragonflyなどなど昨今の注目のミッションももちろん含まれています。 我々はどこから来て、 どこへ行くのか。 その答えを求める旅に、ぜひご一緒しませんか?

発売は4月28日。予約が開始されています。ぜひ行きつけの書店でご予約ください!大阪近辺の方、いつも応援してくださっている隆祥館書店に予約を入れてくださると幸いです!

Amazonの予約ページは以下です(旧版のページとは異なります):
https://amazon.co.jp/dp/4815625182/

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。みーちゃんとゆーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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