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【ワープスペースの挑戦】通信革命を宇宙で。生命探査への布石(後編:光通信が創る宇宙探査の将来像)-[中澤淳一郎]

先月に引き続き、宇宙空間で民間としては未だ実証されていない「光通信」の技術を確立することで、宇宙空間の通信インフラ構築を目指す、新進気鋭の宇宙スタートアップ企業「株式会社ワープスペース」の事業内容について、CSO(最高戦略責任者)である森裕和さんに取材しました。担当はSpace Seedlings(SS)の中澤淳一郎です。

 ワープスペースが開発するサービス名は、「WarpHub InterSat」。これは、2025年中に、地球中軌道に光通信端末を搭載した中継衛星3機を打ち上げ、衛星間光通信をサービスとして提供するミッションです。今月はいよいよ後編。ワープスペースの今後の事業展開と、それによりもたらされる宇宙探査の将来像について、森さんがこれまで以上に熱く語ってくださいました。
「WarpHub InterSat」の詳細が気になる方は、前編を、ワープスペースのメンバー及び宇宙スタートアップ業界が抱える課題については中編をご覧ください!

月・そして火星へ
 森さんはまず5年ほどの短期の目標として、観測事業者向けのサービスを確立することを最優先事項として挙げられました。しかし、そこにとどまらず、先を見据えているのがワープスペースです。
 「中期の目標は、やはり月でしょう」と、森さんは語ります。

アルテミス計画では、月・地球間、月周回と月面を繋ぐ通信が大きな課題とされています。その課題へのアプローチが検討されていますが、やはり宇宙空間での通信は地球との太いパイプがなければ、無人であろうと有人であろうと、月面での活動に大きな制限がかかってしまいます。その観点から重要視されているのが、ワープスペースも手掛ける「光通信」です。

光通信はレーザー光線を利用するため、これまで宇宙空間の通信で利用されてきたラジオ波と比較して指向性が非常に高いです(詳しくは前編を参照)。ラジオ波は指向性の低さにより長距離になればなるほど電波強度が落ちやすいですが、一方のレーザーは電波強度が落ちにくく、大容量かつ高速な通信が実現できるため、遠距離であるほどレーザーの優位性は高まっていきます。地表から400kmから38万4000kmへと、人類はどんどん地球から遠くへと活動領域を広げていきます。それが進めば進むほど、光通信は重要になるわけです。

「今から30年後の世界を想像してみれば、恐らく、月にはある程度インフラが構築されていると思います。そこで、JAXAへの技術提供か、月面ローバーや月面の建設事業社に通信を提供する、といった形で、月と地球を繋ぐ光通信の分野でわれわれワープスペースも事業展開をするのが目標です。」と、語る森さんの目は少年のようです。
しかしそれは単なる少年の夢想では断じてありません。現にワープスペースはJAXAより、「月と地球を結ぶ通信システムの実用化に向け、様々な月でのミッションに応じられる通信システムについて、複数の構成案それぞれに対して技術やコストなどを含めた多角的な側面より実用化に向けての概念検討およびその検証」という事業を受託し、今年1月にはその成果報告書を納品しています(参照記事はこちら)。
森さんをはじめとして、ワープスペースはその夢の実現のために着々と楔を打ち続けています。

ワープスペースはJAXAからの受託業務として、月面と地球の間の通信を3つの要素に分け、
それぞれの組み合わせについて、コストや経済合理性等のトレードオフ検討を行っています。

そしてその次のステップとして、2035年以降は、アルテミス計画の真の目的である、火星への有人探査が間違いなく進んでいくと森さんは考えます。
火星になれば、光の優位性は圧倒的。現状で地球ー火星間の光通信を実現できる技術はありませんが、ワープスペースが月での光通信の実証を達成できれば、そうした火星探査に不可欠な通信技術の確立の足がかりになるはずです。

具体的には、地球低軌道や静止軌道ぐらいの距離での光通信実証を行い、このデータをもとに、低軌道に中継衛星を置くのか、月周回軌道にも受信衛星を挙げたほうがいいのか、といった月までの技術検討に繋げていく。
こうした地道な積み重ねが技術を育てていく。森さんはそう語ります。そうした積み重ねの第一歩として、WarpHub InterSatを構成する光端末が搭載された初号機衛星「LEIHO(霊峰)」が2024年の後半に打ち上げられる予定となっています。

WarpHub InterSatを構成する初号機衛星「LEIHO(霊峰)」。
この名は、ワープスペースの本社が置かれる茨城県つくば市を
代表する名山である「筑波山」に由来するそうです。

火星を超えて、生命探査への布石
そしてやはりワープスペースの大目標は、アルテミス計画に限らず、火星や、小惑星探査全般で利活用されうる、光通信インフラの構築です。これによって実現される、高速大容量の通信網こそ、ワープスペースが目指すビジョンです。通信インフラを確立させた先にあるアプリケーションの一つとして、エウロパやエンセラダスといった、外惑星領域にある地球外生命がいるかもしれない天体への探査にも、通信サービスを提供することで貢献したい、と森さんは語ります。
探査機への距離が遠くなればなるほど光通信の優位性が上がっていくのは、先にも述べた通りです。

このようなお話を聞いてしまうと、アストロバイオロジーを研究する筆者の胸も踊ります。通信容量が上がれば、現在NASAでも大いに盛り上がっている「バイオシグニチャー(生命が存在しうる兆候と成りうる物質、DNAやアミノ酸など)」の探査にも貢献できるはずです。現状のラジオ波による通信を用いる外惑星探査が抱える、遠方であるがゆえに通信容量が少ないため、たとえ外惑星領域で大容量のデータを取得できたとしても地上に送信できない可能性がある、という課題にもアプローチすることができます。

この様に話すと光通信は薔薇色の技術のように聞こえますが、遠距離の光通信には弱点があります。それは、レーザーでの光通信では指向性が高いために、探査機と地上局がお互い点と点を見つけなければならないため、通信の確立までが非常に難しくなってしまう点です。この点に関しては、スパイラル方式という、お互いにレーザーをくるくる打ち合い、お互いの位置に当たりをつけながら順次絞っていき、位置と速度を見積もり、最終的に光通信をつなぐ、といった手法などが現在検討されています。
整理すると、
・光通信では通信自体のロスは非常に少ないが、繋ぐまでの技術的な課題が大きい。
その点、既存技術のラジオ波はというと、
・ラジオ波は指向性が低い分、つなぐまでが簡易である一方、通信容量が小さくなってしまう。
光通信はラジオ波を用いた通信と方式が違うが故の技術課題があるようです。

では…素人ながら筆者が考えるのは、光通信とラジオ波のいいとこ取りはできないのだろうか、という疑問です。ラジオ波で通信を確立して、光通信でデータを降ろすということはできないのか。
それに対して森さんは、今後の方針として光通信とラジオ波の両方を乗せることは考えてはいない、とのこと。というのも、2種類の規格の通信機器を乗せればそれだけ場所も重量も電力も食うし、その分システムが複雑になってしまう。地上の機器と比べて、宇宙機にはリソースが常に不足していることを考えれば、現実的な選択ではないそうです。
なので、ラジオ波と光通信を相補的に使う、という形ではなく、光通信の弱点を技術実証によってステップバイステップで克服しながら、徐々に移り変わっていく、という展開をイメージしていると森さんは語ります。
宇宙空間での通信が、ラジオ波から光通信へと移り変わる。これは、地上での通信技術の担い手が、導線から光ファイバーへと移り変わっていくさまと同じです。地上での通信革命を宇宙でも再び起こそう!その心意気を、森さんの言葉から確かに感じ取りました。

取材の様子:左上 SS中澤 中央下 森裕和様(WARPSPACE)

今回の取材では、ワープスペースの事業の将来展望についてお話を伺うことが出来ました。
 ワープスペースの記事は今月で3本目。この一連の連載で、ワープスペースの魅力をたっぷりお届けできていれば幸いです。取材に応じて下さった森さん、そして読者の皆さんに、改めてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました!
 この記事を読んで、ワープスペースについてさらに知りたい!と興味を持ってくださった方は、ワープスペースのnoteTwitterFacebookなどもご覧になってみてくださいね!

森裕和
WARPSPACE CSO、WARPSPACE USA Inc. CEO。英エジンバラ大学理論宇宙物理学部飛び級入学・首席卒業。
エジンバラ王立協会から支援金を受け、理論宇宙論の研究(重力波・修正重力論)経験あり。
プロダイバーとして地中海で活躍し若手プロダイバーとして欧州・地中海エリアで賞も受賞し有名ダイビング雑誌に掲載される。バックパッカーの経験もあり、現在までに約90カ国訪問。日本に帰国後、野村総合研究所で経営コンサルタントとして、宇宙×グローバル×DXの新規事業創出と事業戦略をテーマに戦略コンサルティングを行う。世界初民間宇宙飛行士訓練施設Blue AbyssのCo-Founder兼VP of Business Development、アジア最大級の宇宙ビジネスプラットフォームSPACETIDE CxOアドバイザー、宇宙美容機構 理事など併任。Satellite ShowやSmallSat Conference、World Satellite Business Weekやオーストラリア政府主催の地球観測会議GEOWEEK2019のインダストリトラック等で多数登壇。趣味は沈船・海中洞窟ダイビング、飛行機操縦、ピアノ演奏、美術、宇宙物理等。宇宙飛行士として月面探査に参加するべく日々研磨している。

中澤淳一郎
総合研究大学院大学5年一貫博士課程2年。JAXA宇宙科学研究所にてアストロバイオロジーを志し、宇宙生命探査のためのサンプラー開発に従事している一方、個人的興味から彗星の爆発現象やダイオウイカの生態についても研究している。宇宙生命探査の探査対象天体であるエウロパやエンセラダスといった海洋天体について解説するYoutubeチャンネルも運営中。(https://twitter.com/Hitchhike_guide?t=_lfWIi0X9a3ni9-Li5O-qw&s=09


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