マンスリーデルタV 2019.4月号
はやぶさ2の人工クレーター生成、イスラエル月面探査機ベレシートの月面着陸失敗、ブラックホールシャドウの直接撮像成功など、今月もビッグニュースが盛りだくさんな宇宙界隈ですが、今日は僕の勝手な趣味全開で有人宇宙探査を取り上げてみたいと思います!
というのも、先月末にアラバマ州ハンツビルで行われたペンス米副大統領の演説が、めちゃくちゃ直球で力強く、NASAに対して怖いくらいの脅しと発破を掛けるものだったからです。
曰く、「我々は5年以内に再び月に降り立つ」
そしてNASAマーシャル宇宙飛行センターを中心に開発してきた次世代大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の度重なる開発遅延と予算超過を「bureaucratic inertia(お役所的な動きの悪さ)」「paralysis of analysis(分析まひ)」と批判したのです
Credits: NASA
続けて曰く、
「現在我々が再び月面に着陸するのは2028年と言われている。これだとSLSプログラムの開始から18年、トランプ大統領の指示から11年もかかっている。我々はもっとできるはずだ。50年前は8年でできたことが、今11年もかかるはずはない」
「我々は今、再び宇宙開発競争の真っ只中にある。中国が月の裏側への着陸を成功させ、月面戦略において優位に立とうとしている。ロシアは7年以上にわたって我々の宇宙飛行士の輸送に高い値段を吹っ掛けてきている。そして敵は彼らだけではない。最悪の敵は現状に満足しきっている我々自身だ」
今や宇宙探査において国際協力が欠かせなくなったこの時代にまるで冷戦期のような、正直めちゃくちゃ雑な煽りなんですが、もしかしたら人類の歴史の中でときどき人々を突き動かしてきたのは、こういう国威発揚プロパガンダを振りかざす理不尽な指導者だったかもしれない、とケネディ大統領のライス大学の演説を思い出しました。
そして、NASA(とコアステージの主要コントラクターであるボーイング社)が肝を冷やしたのはここから。
「SLSプログラムを加速せよ。ただし我々は必要とあらば、いかなる手段によってでも、この目標を達成する。あくまで手段ではなく結果にこだわる」
「我々はどのコントラクターにも肩入れしない。現在のコントラクターがダメなら、他を探すまでだ。もし民間ロケットが月に行く唯一の手段なら、我々はそれを買う」
「NASAは生まれ変わらなければならない。もしNASAが5年後に月面にアメリカ人宇宙飛行士を送ることができないのであれば、我々は、ミッションではなく、担当組織を変更するまでだ」
つまり、これはNASAへの叱咤激励であると同時に、SLSへの最後通告なわけです。これで場合によっては民間に舵を切っても文句は言わせないよう布石を打ったと。SLSプログラムは、アポロ・スペースシャトルと続いてきた、NASAマーシャルの雇用の大部分を維持するいわば「公共事業」。
ブライデンスタイン長官やガーステンマイヤー有人探査局長をはじめとしたNASAの上層部は、SLSとSpaceXのファルコン・ヘビーに代表される速くて安い民間ロケットとの狭間で揺れており、きっと難しい板挟みの立場に置かれていることでしょう。
政治的な背景もあります。トランプ大統領が2期目に再戦した場合、2024年は任期の最終年にあたりますが、これにはトランプの自己満以上の重要な意味があります。これまで政権が交代するたびに月・火星探査プログラムもころころ変わり振り回されてきました。ペンスやブライデンスタインが2024年にこだわるのは、この歴史的落とし穴を避けたいからです。問題はいかに議会を説得して予算を引っ張ってくるか。宇宙開発と政治はいつの時代も互いを利用し合う関係なんです。
ちなみに、ペンスが有人月面着陸を4年前倒しにしたと思ったら、今度はブライデンスタインが負けじと(?)、2033年の有人火星着陸を目指す、と連邦議会で宣言してしまいました。ペンスの月探査前倒しに怯むどころか火星探査まで前倒しするNASA長官。近付くほどに遠ざかると言われてきた有人火星探査が、初めてあちらから近付いてきました。
僕はこの一連の熱狂をチャンスと見ていますが、期日を優先するあまりに、このチャンスをアポロの二の舞にしてしまってはいけません。
世間的には、アポロ計画は成功、スペースシャトル計画は失敗のように言われていますが、逆です。アポロは一時の熱狂で大枚をはたいて旗と足跡だけを残し、後に何も続かなかった「失敗」。
スペースシャトルは宇宙に(少なくとも地球周回軌道に)文明圏を拡大しようと再使用型宇宙往還機に挑戦し、ひとつのアーキテクチャが運用コストと安全において高い壁にぶち当たることを学び、また地球周回軌道に国際宇宙ステーションという「恒久的駐留」を建設した「成功」でした。
旅行より移住の方が圧倒的に大変なのと同じですね。再び月面に降り立つからには今度こそ「恒久的駐留」を築きに行かなければならない。それを2024年という期日とどう両立させていくのか。今後も注目です!
石松 拓人 (いしまつ たくと)
システムズエンジニア。NASAジェット推進研究所にて火星ローバーのシステム設計や深宇宙探査機の自律化、宇宙ガソリンスタンドの研究などに従事。東京大学の非常勤講師も務める。福岡生まれ、福岡育ち。将棋とギターをこよなく愛する。2018年パンアメリカン将棋大会4位。得意戦法は右玉。作曲・宅録が趣味で、これまでに30曲以上制作。CDアルバムを手売りした過去も。
noteでブログ『JPL日記』や、Voicyで科学バラエティ『地球のみなさんこんにちは』を配信している。
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