夫と私 テーブルの上のチューリップ
私は夫の母親や兄弟と仲がいい。義母には娘がいないこともあってか、女同士でのんびり過ごすのは気楽らしく、私一人で訪ねて行っても歓迎される。
先週末は義母の所で過ごした。義母は体調がいい時と悪い時とあり、一人でいつまで暮らせるのか、そろそろ考えないといけないような歳に近づいて来ている。今のところは、週末に兄弟で時間がある誰かが顔をみせに行くように暗黙の了解になっているようだ。
義母の家は避暑地にあるため、シーズンオフになると静かになる。休むにはとてもいい所だ。夫は仕事の都合で自分が行けないから助かったと思ったのか、単に面倒だからか、私が行くというと安心したように快く送り出した。
義母は私にあまり干渉しない。疲れやすいので、自室で本を読んだり、昼寝をしたり、気ままに過ごしている。夕食だけ簡単に作るととても喜んだ。
実家や元彼に電話をしている私の声を聞いて、義母は、私が日本語を話す時は感じが違うと言った。優しく聞こえるそうだ。日本語だと女性は女性らしく話さないといけないから、文章も長く、丁寧になるのだと説明しておいた。声の調子や、話し方を知らず知らずのうちに変える。日本人であることは、ある意味複雑なのかもしれない。あまり考えたことがなかった。
日曜日の遅くに帰宅すると、浴室から洗剤の匂いがした。キッチンに入ると、デーブルにはチューリップが花瓶に10本ほど生けられてあって、それを見て夫に来客があったのか聞いてみた。
安かったから買っただけだというような回答だった。
どういうつもりか、あれ以来、夫は時々私の機嫌を取るような行動をする。もともと優しく面倒見のいい人ではあるけれど、無用なプレゼントや花などを買うようなタイプの人ではない。切り花など、関係を解消する以前は、もらったことがなかったし、私はそういうことを気にする性格でもない。
私たちはそれなりに上手くいっているではないかと思う。喧嘩もしないし、話も合う。いつも助け合ったり、労りあったりしているではないか。
何を今更と、その赤くてかわいらしい花は私を苛立たせた。自分でもよく分からない感情だ。夫は何かを恐れているのか、それとも私との距離が出来たことを不安に思っているのか。
ふと、これは娘のために買ったものかもしれないと思った。夫は呆れるくらい娘に甘い。そうだ、そうかもしれない。特に気にすることはない。
その夜、風邪の症状が出た。微熱と喉の痛みはあったものの、疲れていたせいか比較的よく眠れた。
次の朝、夫に今日は家から仕事をすると伝えた。そうした方がいい、チューリップを眺めながらゆっくりするといいと言い残して、夫は出て行った。
彼に風邪を引いたとメッセージを残しておいた、その返事が来ていた。チューリップを目の前に、彼への返事をLINEに入れる。目障りなその赤い花を捨ててしまいたいという衝動を抑えたながら、甘い紅茶を口に運ぶ。
ふと、花瓶の水が減っていることに気づいた。
結局、私はその花を捨てるどころか、否が応でも花瓶の水を取り替えることになるのだ。