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オリジナルラブ「結晶」東京の神経を貫くソウル・リベレーション。渋谷系のDNAの結晶。
1992年5月1日にリリースされたオリジナルラブのセカンドアルバム『結晶』は、都市の夜に潜む官能と形而上学を溶融させた音楽的触媒だ。
田島貴男の詩的視線が街灯の陰で煌めくガラス片のように、90年代の渋谷系ムーブメントに新たな解像度をもたらした。プロモーションCD『KING OF LOVE』で培ったサウンドが、12曲で結晶化する過程は、恋愛の化学反応を電子顕微鏡で観察する行為に似ている。
シンセベースの脈動とホーンセクションの螺旋が、東京の地下鉄網状に張り巡らされた欲望を可視化する。このアルバムは単なる音楽作品ではなく、都市生活者の神経系を直接刺激する生体認証装置と言える。
1. 心理学 バブル崩壊期の都市の狂気を映し出すループするベースライン。オカルトと理性の境界線上で踊る人々を、シニカルな視線で切り取る。アシッドジャズの実験的アプローチが、90年代初頭の空気を結晶化している。
2. 月の裏で会いましょう
渋谷系の遺伝子を決定づけたアシッドジャズの先駆け。ドラマ『バナナチップス・ラヴ』のオープニングテーマとして、都会の夜の裏側へと誘う官能的なグルーヴ。
3. ミリオン・シークレッツ・オブ・ジャズ ジャズの持つ無数の秘密を、ポップミュージックの言語で解読しようとする野心的な試み。ホーンセクションの豪華な響きが、90年代の音楽シーンに新しい解像度をもたらした。
4. スクランブル
都市の交差点で交わる人々の軌跡を、リズムセクションで描き出す実験。シンプルなアレンジの中に潜む複雑な人間模様が、渋谷の雑踏のように重なり合う。
5. 愛のサーキット
電気信号のように都市を循環する欲望を、ミニマルなアレンジで表現。シンセベースとドラムスだけで構築された、愛の回路図。
6. フレンズ
友情という名の幻想を、クールなジャズアレンジで解剖。木原龍太郎の詩が、関係性の不確かさを透明な言葉で描き出す。
7. スキャンダル ファルセットを封印した田島の歌声が、スキャンダラスな夜の情景を切り取る。都市の裏側で蠢く欲望を、グルーヴィーなリズムで昇華。
8. フェアウェル フェアウェル
別れの感情を、洗練された音の結晶として昇華。木原龍太郎の詩が過去への郷愁を誘う中、バンドは未来へ向かって疾走する。
9. ヴィーナス
商業的成功と芸術性の両立を図った意欲作。JOYのCMソングでありながら、アーバンな官能を纏った楽曲に仕上がっている。
10. セレナーデ 夜の静寂を切り裂くように響く、都会的なセレナーデ。田島の詩心が、現代の夜想曲として結実した野心作。
『結晶』リリースから33年、その音楽的放射性はむしろ増幅している。
田島貴男が当時語った「魂の解放」とは、90年代という時代の密閉容器から音楽元素を抽出する核反応だった。
サポートメンバー井上富雄のベースラインは、都市の地下水流のようにアルバム全体を貫通し、渋谷系というジャンル名の不充分さを曝露する。
このアルバムが提示したのは、単なる音楽的進化論ではなく、音響による人間存在の再定義である。CDショップの棚に並ぶ結晶体は、聴覚神経を通じて聴取者の細胞膜を透過し、1992年という年度を超えて分子拡散を続けている。
現代のストリーミング時代において、『結晶』の非連続的トラック配置は、デジタル空間を漂流する断片化された自我への暗喩として機能する。
最後に想起されるのは、アルバム録音中にスタジオの蛍光灯が発した50Hzの唸り——それは人工光に蝕まれた現代人の魂の周波数を計測する心電図の如く、今も鳴り続けている。
筆者の長々と拙い文章を最後まで読んで頂きありがとうございました。
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