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fishmans「空中キャンプ」東京の空気を音に変えた、90年代日本ロック史上最高傑作
1996年2月、東京の空気を切り取ったような音響が世に放たれた。
フィッシュマンズの「空中キャンプ」だ。佐藤伸治の浮遊感のある歌声と、バンドの緻密なアンサンブルが織りなす音世界は、都市の喧騒と静寂を同時に表現している。
「世田谷三部作」の一角を担うこの作品は、当時のオリコンでは88位に留まったが、後に日本ロック史における重要作として再評価された。
川崎大助が「東京にしか生まれ得ない音楽」と評したように、この8曲は90年代中期の東京の空気感を切り取り、永遠の現在として封じ込めた。ドリーミーでありながら都会的な質感、浮遊感と接地感が同居する不思議な均衡が、29年経った今も色褪せない魅力を放っている。
「ずっと前」:アルバムの幕開けにふさわしい浮遊感。佐藤の囁くようなボーカルが時間の流れを緩やかにし、聴き手を徐々にフィッシュマンズワールドへと誘う。過去と現在が交錯する感覚を見事に音で表現している。
「BABY BLUE」:都市の夜明けを描いたような透明感のあるサウンド。柏原のベースラインが心地よく蠢き、佐藤のボーカルが青い空気感を醸し出す。タイトル通り、青の色彩が聴こえてくるような一曲。
「SLOW DAYS」:シュガー吉永のギターが彩りを添える緩やかな時間の流れ。その名の通り、スローテンポながらも確かな推進力を持ち、都会の片隅で過ごす穏やかな午後を思わせる。
「SUNNY BLUE」:矛盾したタイトルが示す通り、明るさと憂いが同居する不思議な均衡。茂木のドラムワークが光る一曲で、晴れた日の微かな寂しさを見事に表現している。
「ナイトクルージング」:夜の東京を走り抜けるような疾走感と浮遊感。HONZIのキーボードが都市の夜景を描き出し、佐藤の歌声が夜風のように心地よく響く。
「幸せ者」:タイトルとは裏腹に漂う儚さ。木暮のギターと佐藤のボーカルの絡みが絶妙で、幸福の中に潜む一抹の不安を表現している。都市生活者の複雑な感情が凝縮された一曲。
「すばらしくて NICE CHOICE」:ウエダ・タダシのピアノが彩りを添える、アルバム中最も開放的な一曲。皮肉めいたタイトルとは裏腹に、純粋な喜びが表現されている。
「新しい人」:アルバムの締めくくりにふさわしい再生と希望の歌。佐藤の透明感のあるボーカルが、新たな朝の訪れを告げるように響く。終わりと始まりが同居する美しい終曲。
あとがき
「空中キャンプ」が世に出てから約29年。この作品が持つ特異な魅力は、時間の経過と共にむしろ増幅している。当時88位という控えめなチャート成績に留まったこのアルバムが、後に日本ロック史における重要作として再評価されたのは必然だった。
川崎大助が「世界中で東京にしか生まれ得ない音楽」と評したように、このアルバムには90年代中期の東京という都市の空気感が封じ込められている。それは単なるノスタルジーではなく、今なお鮮度を失わない永遠の現在として存在し続けている。
佐藤伸治、柏原譲、茂木欣一、HONZI、木暮晋也という布陣に、シュガー吉永やウエダ・タダシといったゲストを迎えた陣容が生み出した音世界は、都市と自然、浮遊と接地、孤独と連帯といった相反する要素を絶妙なバランスで共存させている。
2016年にはアナログ盤も発売され、新たな世代にもその魅力が伝わりつつある。「世田谷三部作」の中心に位置するこの作品は、フィッシュマンズという唯一無二のバンドの真髄を最も純粋な形で表現している。
都市の喧騒の中に漂う静寂、日常の中に潜む非日常、そして確かな手触りを持ちながらも常に浮遊し続ける音楽性。「空中キャンプ」は、これからも多くの聴き手を魅了し続けるだろう。
筆者の長々と拙い文章を最後まで読んで頂きありがとうございました。
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