映画『Arc アーク』(ネタバレ感想文 )生ぬるい「女ののど自慢」
この映画の芳根ちゃんほどじゃないにせよ、こっちもソコソコ長く生きているので経験値があるわけですよ。萩尾望都『ポーの一族』や高橋留美子『人魚の森』を読んで育っているわけです。だからと言って「不老不死かくあるべし」とか面倒くさい絡みをするつもりもありませんが、ここまで芯を外してスカしてくると「オイオイ」と言いたくもなる。
そもそも私、SF原理主義的なところがありまして、SFはScience Fiction であり Space Fantasy に非ず、ロボット三原則から進化していないハードSF志向なのです(<結局面倒くさい奴)。
原作を読んでいないので勝手なこと書きますが、この話のScience Fiction的面白さって、体内の水分を防腐溶液に置き換えることで死体を「みずみずしいまま」劣化させないという発想。その技術を「老化しない溶液」で「生体」に応用することで、人体の細胞を老化させないという点だと思うのです。
ただ、わざわざ「ホクロが消える」という描写をしているので、細胞は代謝させて成長は止めるような溶液なのだと推測されます。
ただ、若さの維持(若返り)の表現としてホクロが消える描写を安易に使ったのだとしたら、「SFなめんな」と言わざるを得ません。
SFは「何でもアリ」ではないのです。むしろ、自ら課した設定が枷になるのです。
なので、ホクロが「急に」消えるということは、急激に代謝を促進しているわけで、逆に成長が早まるんじゃねーの?と考えるわけです。
(ホクロの描写なんかより動物実験をするべきだったんですよ。処置済みの動物が突然死することで処置済みの人間が怯えるという方が映画的だと思わない?)
この映画、一事が万事こういった具合で緻密さに欠けていて、安直で、萎えるんですよ。
そのビルの鍵とか、何時代なの?それ、どの近未来なの?
撮影したフィルムを40年後に現像しているわけでしょ?その40年前に既に現像技術が廃れているわけだから、そもそもそのフィルムが何十年昔の物なのか分からないのに全く劣化していない。いや元々他人の形見なんだから、既に前の持ち主の写真で撮り尽くされていてしかるべきなのに、都合よく自分たちの写真しか残っていない。てゆーか、その集合写真は誰がシャッター押したのさ。
まさか、劣化しない美しい想い出=写真とかいう安易なことじゃねーだろーな。
結局この映画、かつて子供を捨てた母親が、求婚されて長い間思い悩んだ末に新たに出産し(夫と死別してシングルマザーとなるが)、かつて捨てた我が子と和解するまでの親子物語なのです。
SF関係ない。
ヤンママ一代記、あるいは女ののど自慢で充分。
いやむしろ、「永遠の命」という哲学的、倫理的、宗教的問題を「母子関係」に矮小化して逃げたようにしか見えません。なぜ芯をえぐらないんだろう?なぜ死なない(死ねない)哀しみを描かないんだろう?と、ポーの一族の血が流れる私なんかは思ってしまうのです。
「やっぱり死ぬことにしました」 (゚Д゚)ハァ?
現実や結論から目をそらした大逃げもいいとこ。
話の本筋も大逃げで、「変革した世の中」ではなく「残された人々」に視点を移してしまう。なんだその小豆島の楽園。しかも昭和。ゼンマイ仕掛けのブリキのおもちゃなんて令和だって希少価値だわ。『二十四の瞳』か。
ほんと、いちいち萎える。
なんか死体に紐付けてビヨ~ンってやつとか。あ、あれは笑ったからいいや。
生き別れの息子かもしれないと気持ちがモヤモヤして告白しちゃうなんて、若造の発想ですよ。だって、あんた、見た目30歳でも90歳でしょ?止むにやまれず泣く泣く引き裂かれて何十年も探し続けたならまだしも、自ら捨てて70年以上人生を謳歌してきたわけでしょ?捨てられた側は覚えているだろうけど、そんなもんうっちゃるくらいが90歳の貫禄ですよ。年下の息子の方が心も大人じゃねーか。
見た目は若くても人間として経験豊富。何故それがゴッソリ抜け落ちるんだ?なんのための不老不死設定なのだ?と、高橋留美子の肉を喰って育った私なんかは思ってしまうのです。
体内の細胞って臓器や部位によって代謝の周期が違うんですよ。そういう科学的な理由で物語が転がることがScience Fiction の面白さだと思うのです。
だから、遺伝子の不具合で「急に老化した」なんて半端な理由じゃなくて、「成長が止まっていたはずの骨が急成長を始めた」等の理由で、骨が内臓や皮膚をぶち破って壮絶な死を迎えるべきなんですよ。血みどろで。
そうなんだよ。この映画、綺麗事ばっかりなんだよ。
「死」を見せない。「生」も見せない。ましてや「性」も見せない。
本当はもっとエグイ話であるべきところを「楽園」に逃げ込んで、周辺情報しか描かない。
では逆に、その綺麗事の先に何を描こうとしたのだろう?
周辺情報ばかり描いて、描かなかった芯(作り手の本心)は何だろう?
「世の中、30歳代だけいれば良くて、年寄りは島流しにすればいい」ってこと?エグイな。
たいがい、綺麗事で包んだ中身はエグイことなんですよ。ドブネズミこそ美しい。写真には写らない美しさがあるから。
(2021.07.14 新宿バルト9にて鑑賞 ★★☆☆☆)
監督:石川慶/2021年 日(2021年6月25日公開)