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なんなんだよ #2

「ピロさん、漫画みたいなこと言いますね」

南3局親番、リーチタンヤオドラ2をツモ和了りした俺はジリジリとしたトップ争いから抜け出していた。
それまで、小刻みに上がりを拾えていたわけだから、下家の浜口へ点棒の釣りを渡す瞬間、つい咄嗟に口に出してしまった「流れが来たかな」という言葉を告げたわずか1秒後に放った浜口の言葉に絶句し、一瞬浜口が何を口走ったかわからない。

は?
なんなんだよ、博打に流れはつきものだろうがよ。
俺は心の中でイラつき、ひどく動揺した。
この浜口には毎回毎回いつも調子を狂わされる。
なっつっても勤め先の上司という面も持ち合わせているが、かれこれ3年の付き合いになるっていうのにどうもこいつの腹は見えない。
3個下のくせしてよ。マウント取ってきてんじゃねえよ。
今俺がトップ目、浜口はまだまだ原点をウロチョロしてるだけじゃねえか。

「さっ、ここは連チャンして終わらせますよ~」

親上がりして迎えた1本場、ここで連チャンすればこの半荘は俺のものだ。
上家の後輩・山室はハコに一歩手前って感じでいまだ焼き鳥マークがひっくり返っていない。
対面の先輩・丸井さんは手配を見ながらふんふん唸っている。
今日はいつになくコワモテだ。
しかしながら俺のこの配牌は妙だ。既に東が暗刻だしドラの八筒が対子っていやあこの局ももらったな。
今日は俺の日。麻雀は天運と地運、両方が噛み合わないと基本的に勝てない。流れが大切なんだ。
地運は、さっきの親マンの上がりで手繰り寄せてきた。
今日こそは浜口にぎゃふんと言わせてやりたい。

しかしなんだ、場は6巡目を回ったが、いまだ俺の手はリャンシャンテン。
場はスムーズに進む、誰も仕上がってない様子が伺える。
俺はというと、配牌は良かったが、ツモが悪い。
ピンポイントで入るツモが中々来ないのが苛立ちと焦りを増幅させる。
早く上がってこの半荘を終わらせれば山室の焼き鳥も貰えて今日は万々歳って感じだ。
既に夜も更けてテッペンをちょっと過ぎた辺り。
そろそろ丸井さんが眠気と同時に帰るって言い出す頃だ。

さてさて、ここに「五八索」と「一四萬」の両面どちらかが入ればイーシャンテンという形。ツモったのはいらない九筒。
ドラの八筒は既に対子だし、これはノータイムでツモ切りだ。

「ロン」

下家の方でかすかな声が聞こえた。まだ7巡目だぞ?
なんなんだよ!!浜口!!おまえっ!!

「ピンフ、純チャン、三色、ドラ1で跳ねましたね。あっ1本づけで」

浜口の顔をちらっとみた。その刹那、目が合った。
なんなんだよ、そのシラけ含みの笑みはよ。
(流れってこういうことなんですか?)って顔に書いてやがる。
ムカつく。さっきの親マンが台無しだ。
浜口の捨て牌はど真ん中がどっさり並んでる。
ちょっと気にしてれば、九筒はケア出来てたのに…。

流れは浜口に傾いてしまった。

ハシゴ

麻雀が終わったのは午前5時を過ぎた頃だった。
コワモテの丸井さんが1時を回った辺りから怒涛の目覚めを披露。
今までに見たことがないほどその勢いはホンモノで凄まじい追い上げを見せていた。
というのも3回連続で、一発ツモアガリを魅せると浜口の背中に肉薄。俺なんかは到底追いつけないところで、丸井さんの体内電池が切れた。それが5時。
結局、浜口がトップ。丸井さんが2位で終えた。俺は3位。
クソ!
帰り際、あの浜口のクソ野郎の顔が脳裏に焼き付いて吐きそうだ。
【無表情】
感情を表に出さないあの感じ。冷徹、吸血鬼、取り立て屋、多重人格者、仕置人そんなあだ名が俺等の中で回ってるくらいだ、浜口のあの仲間意識なんて関係ないと言わんばかりに輪をぶち壊すあの感じが俺には耐えられない。
それもそのはず、社内では「仏のハマさん」なんて一方では呼ばれているらしい。いつもにこにこしてるクセして、指示が的確だどうだとか、どっしり構えたその姿勢は大仏様だどうだとか、俺からするとシャクに触るやつ極まれりなんだよ。眼の前にいる御仁とは別の人生を歩んでいる聖人君子のような昼間の顔がそれだ。
それが博打が絡んだ途端だ、さっきのように傍若無人な態度でイニシアチブ(主導権)を握ろうとするあの野郎となんで麻雀をしなけりゃならないんだ。
クズだぞあいつ。
ただこのご時世、麻雀人口はそれほど多くはないのも事実、職場の中でも卓を囲める人間の頭数にどうしても浜口を入れなけりゃ場が立たない。
なんなんだよ。ちきしょう。
眠気と疲れと浜口のコトでイライラは最高潮に達していた。
「こんなんで、家に帰ってられるかよ」
みんなと別れ、雀荘を出た俺はフラフラと街なかを徘徊していた。
空き缶を蹴飛ばそうと思ったら、どこにも空き缶が落ちていない。
何が市内浄化作戦だよ。空き缶くらい蹴らせろよ。なんなんだよったくよ。
渋めのコーヒーが飲みたくなって、コンビニに立ち寄った。というよりはコンビニに用があった。ATMだ。
さっきの麻雀で財布の中はからっぽ。それもこれも中身は浜口の財布に移動したという記憶だけで俺の体温を沸々と上昇させている。痛恨の極みだ。
以前、誰かに「ハマさんのATMだなこりゃ」と地雷を踏まれたことがあったがその言葉も蘇る。なんて日なんだ、厄日だ。
イライラと睡魔の両輪を回しながら銀行カードをATMに差し込み残高の70,000円から50,000円を吐き出した。
これはつまるところ俺の命だ。
もう誰にも渡さない。
赤い髪したひょろ長い格好の若いバイトが立つレジに新聞とコーヒーを突き出した。
「840円になります」
「たけえな…」

競馬新聞とコーヒーを握りしめながら、俺は夜明けと共にWINSへと向かい出した。

WINS天神

WINS天神だけは9時過ぎに開店している。逆にBAOOやエクセルの客層は貴婦人よろしく富裕層が狙いだから開くのは決まって11時から。
こうやって労働者階級と貴族者階級がくっきり分かれているのが場外馬券売り場の常だ。
エクセルなんて博多の一等地の高層ビルの8階だっけか、エレベーターから降りた瞬間に職員の姉ちゃん、つうかバイトで選んだんだろうキレイ目の女が両脇で立ち並んで「いらっしゃいませ」という言葉を投げかけるんだ。
同じ競馬を楽しむだけでこうも扱いが違うかね。まあ俺も言ったこと無いけど。

WINSの9時は、原色カラーで着飾った貴族者階級達では無く、暗く澱んだカーキ色や薄茶色がかったジャンバーを羽織る爺さんや婆さん、それにドカタ色を匂わせたおっさん連中しかいない。いわゆる労働者階級のそれだ。
春っていうのに、はたまた雲ひとつない好天の花見日和だってのに、ここにいる連中は毎週、毎日馬を見るためにここに来ている。
基本的には立ち見。片手に競馬新聞、もう片手にワンカップという典型的なギャン中とアル中の合せ技がここの基本スタイルでありドレスコードってやつだ。
極めつけにWINSは基本、足の踏み場がない。そこら中にクシャクシャになった新聞や外れた馬券が転がっているからだ。こないだなんて競馬で外れたバカが泣きながらションベンそこら中にチビリ散らかして、職員に連れてかれてたな。
人間含めてさ、浄化作戦はここが一丁目一番地だろうがよ。
そんな連中と一緒にされたくない俺は福島の第1レース、3歳未勝利戦のパドックを徹マン明けのぼやけた頭で眺めている。

そのパドックによく映る馬がいた。
名前は【ヘブンズドア】
なんて良い名前なんだ。この馬の父親は20年前世間を沸かせたディードステイっていう無敗の3冠馬だ。いやこいつは走るよ。でも1Rの平場、しかも未勝利戦ってこいつ人生で一度も勝ったことがないのかよ。
俺もそんな人間だな。いや違う。俺は勝つためにここにいるんだよ!

ヘブンズドアのオッズは8.4倍の3番人気。
騎手は3年目の木崎。
やっぱこねえかな。馬体重は前走からマイナス8kgってどうみても飼い葉食いも良くないってことだろ?2週前に走った前走もパッとしない5着ってどうなの。
でもなんて言うんだろうな。こいつ俺に向けてなにか発信してやがる。「今買わなくていつ買うんだこら」って挑発してる。それくらい気合ノリがいい。
単勝で行くか。でもいくら賭けようか?
いや待てよ。こないだ職場連中と行った競馬場現地参戦も似たようなことがあったけど、そんときも俺に訴え掛けていた馬シンガリ負けだったよな。
おいどうなんだよ、ヘブンズドアさんよ。
昨夜の麻雀もコテンパンだ、俺もそろそろ勝ちたいよ。お前もそろそろ勝ちたいだろ?天国への扉開けようぜ。
脳内で勝手に独り言を始めている俺がいた。

画面は返し馬の映像だ。
俺はヘブンズドアの単勝に50,000円を投じるべくマークシートに鉛筆を滑らせている。
眠い。とにかく眠い。仕事中の昼休みは必ず【昼寝】をしないと気がすまない質だ。既に30時間以上起きていることになる俺のカラータイマーは勢いよく点滅している。全消灯する時間はそう長くはない。
限界だ。この1レースだけにしよう。そう決めたのは3分前。
ヘブンズドアに天国へ連れてってもらうとするか。
眠い目を擦りながらマークシートを書き終え握りしめた50,000円を券売機に投入した。

「♪ピロンピロンピロン♪ ♪馬券をお受け取りください♪」

券売機にはよく向かう俺だが払い出し機に向かうことはほとんどない。
いつもいつもこの音を聞いているだけだ。
たまにこの音が無償に聞きたくなることがあるが、それはギャンブル中毒という沼にハマっていると言っても過言では無い。脳が侵されている証左でもある。

ふらふらと大型ビジョンの前にカラダを動かしていく。
画面は輪乗りをするヘブンズドアと木崎が映し出されている。
気合乗りも十分だしこれは間違いなく好馬体だ、そう自分に言い聞かせていた。
当たり前だ!全財産だ、これは至極当然のこと。
けたたましくファンファーレが鳴り、各馬がゲートへと向かう。
いつも心地よい声が特徴の実況者がそれぞれのゲートへ入る状況を伝えている。
「さて、8番ヘブンズドアがいまゆっくりとゲートへ誘導されています」

…。
ん?
ちょっと待て、ハチ?

「あっ!!!!!」

見たくなかった、その紙を。
頭が一瞬にして目覚め、そしてブラックアウトした瞬間だった。
握りしめた馬券に目を向けた。

【単勝⑨ ヘリコプター 50,000円】

俺はマークシートを間違った。
記入ミス。絶望の淵に自ら足を踏み入れてしまった。

「なんなんだよう、おまえよう!!!」

荒々しい声が場内に響き渡る。
明日にでも命が絶えてしまうんじゃないかと思える棒みたいな爺さんがその声に驚き、隣でのけぞり倒れてしまう。

自分を罵り、呪った。馬鹿すぎる。
己の愚かさに気づき、背後にのしかかる亡霊が襲いかかろうとしている。
この亡霊はJRAにより死んでいった奴らだ。
こいつらの目にかかったら最後、ケツの毛までむしられる。
俺にしか見えない亡霊達を手で払い除けながら、馬券を何度も、何度も確かめてはみたが、ヘリコプターと書かれた馬券が変わることはなかった。
単勝オッズ38倍、現在8番人気、そう画面に表示されている。

もはや信じるしか無い。
ヘリコプター。そうだお前だよ。
ふざけた名前しやがって。
お前に俺の人生を託すんだぞ。
わかってんのかよ。

画面に映る福島の空は、天神の快晴とは裏腹にどんよりとした曇り空、まさに俺の気持ちとシンクロしている。
今さら馬券の返金なんて出来ない。
俺の運命、いや命はこの芝2,000m、約2分の間に掛かっている。
大外の馬がゆっくりとゲートに入ろうとしていた。

「態勢完了。ゲートが開きました」

「おーっと、⑨番ヘリコプター!ダッシュがつきません」




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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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