ピープルフライドストーリー (15)三毛乱短編小説
第15回
列 車
by 三毛乱
男は走った。
男は後方から走って来る音の列車に乗らなければと思った。乗ることは本能だと感じていた。
頭上の駅の線路を通って列車がホームに入り込んできた音が地面を走っている男に聞こえた。
男は小さな駅の20段以上の階段を一気に駆け上がると、改札口の自動改札機の読み取り部分にスマホを翳してサッと通り、ホームにいる列車へと走った。
列車は先頭が昔ながらのD51形の蒸気機関車で、黒く風格があった。その後ろの乗客用車両は1両しかなかった。タラップが前後に付いてる、英米の無声映画に出て来るようなオールド・クラシックなタイプの車両だった。
改札口は現代的なのに、列車が古めかしいので、かなりギャップを感じたが、まあ気にする事はない、とにかく列車に乗り込む事が先決だ、と男は思った。
男は車両後方のタラップに上がり、スライド式の扉を開けて中へ入った。
ふうー、間に合った。
うわー、中はすごく込んでいるなぁ。なんだ男ばっかりじゃないか。ちぇ、つまんないな。それにしても皆が立っている。というか、そもそも座席がないじゃないか、この車両は。ともかく扉から離れて前を進もう。
こんなに込んでいるという事は、皆も、何らかの意図や夢を持って列車に乗り込んでいる訳だ。俺は…そうだなビッグになる事だな。ビッグといっても具体的に何になるか分かってないんだけれども。とにかく進んで進んでビッグになるんだ。
うん?! いろんな方向から力が加わってくるぞ。押して来たなら押し返すしかない。
ええい、俺に変な力を寄越すんじゃない。
おおおお、ググーンと力が加えられてきた。俺と俺の周りの連中は一緒になって力を跳ね返そうとしている。おお、そうだ、そうそう。力を合わせて押し返してしまえッ。ググーンッと、よしよしよし、おっとおっと、ほらほら、上手くいった。
うまい具合に押し返せた。スペースが少し空いて、息がしやすくなった。
ふうーッ。少し面白くなったぞ。いまは体力を温存・確保しとかないとな。
この車両にはいろんなグループができている。グループごとにまとまって他のグループと押しくら饅頭をしている状態になっている。俺は案外こういう押しくら饅頭のようなせめぎあいはキライじゃなかったんだなぁ、アハハ。
お、また違う方向から押してくる力を感じる。さあ、負けられないぞ。押し返しちゃえ。おや?誰かが歌っている。
押しくら饅頭
押されて泣くな
押しくら饅頭
押されて泣くな
そうだな、そんなふうな歌があったよなぁ。そうだよ、押されて泣くな。泣いたら負けよ。アップップ。負ける奴なんか用はないんだ。さっさっと、どっかへいっちまえ。
おお、あちこちから、いろんな力が加わりせめぎ合って、体が捩れてくる……。くそう…。ふうー、なんとかやり過ごせたぞ……。
列車が駅に着く度にかなりの乗客が入ってくるようになったなあ。
何度も押しくら饅頭があり、俺はどんどん人に押されて押し返しつつも、少しずつ少しずつ前の方の扉に近づいている。
押しくら饅頭がない時に窓を見ていると、時々、ゴムまりみたいにボンッ、ボンッ、ボンッと人が地面に弾かれ跳ね返りながら後方へ飛んで行く。
ボンッボンッボンッ
ボンッボンッボンッ
音が実際は聞こえてはこないけど、頭の中ではそんな音がする。あれじゃぁ、打ち所が悪ければ、例えば首が地面に当たれば即死だろうなぁ………。あれで助かったのかなぁ…。
あれは何でだろう。何故なんだろう。周りの奴らに、それとなく聞いてみる。皆、目を逸らす。知らんぷりしている。だから、詳しくは聞けないんだ。しかし、人って案外弾力があるんだな。ちょっとびっくりだ。
それと、これも時々だが、車両の車輪がガッタンガッタンと何かを踏んで進んで行くのが判る。足元から伝わる振動というか、足が浮くような感じが何回かあった。
これも何故だろうかと、周りの奴らに聞こうとするが、皆、これも目を逸らす。関わり合いたくない顔をする。だから詳しくは分からずじまいだ。
あと、車両の中で歌を歌っている奴もいる。いろんな種類だ。ロックもブルースもジャズもカントリーも、いろいろ聞こえてくる。とりあえず俺は聞いている。上手ければ何でもいいというスタンスだ。賛美歌を歌う奴もいた。「それはやめろっ」と言って止めさせた奴もいた。
そうこうする内に、徐々に徐々に、俺は押され揉まれ動かされて、いつの間にか車両前方の扉の近くまで来た。
まあいいさ、俺は同じところに長くいるタイプじゃないからな。でもまだ、扉の外へ出る気はないけどな。
けれど、ついさっきの駅でかなりの人数がぐぐぐっぐいっと車両後方の扉から入って来て、それがぎゅうぎゅう詰めに混雑してる乗客に段々といろんな力を加えて、その強く伝導された力が抗い難く届いて俺は押されてとうとう前方扉にぴたりとへばりつく形になった。
その扉を、誰かがサーッと開いた。
俺とあと2人の乗客が車両前方のタラップに押し出された。即時に扉が閉められた。タラップには柵がなかったが、それでも7、8人立てるスペースがあった。
そこには2m程の筋肉隆々の、頭には目だけ開いてる鉄仮面を被ってる、ローマの剣闘士か北斗の拳に登場しているような男が2人いた。
その一人が「お前はどっちがいい? ボンッ、キュッ、ポンッがいいか、それともガッタン、ガタガタ、ガッタンがいいか? どちらかを選べ!」と俺に聞いてきた。
「えっ?」と俺は言った。
その男は「フフフッ」と笑っている。
俺は何を聞かれているのか判らなかった。
もう一人の鉄仮面の男もタラップに押し出された他の乗客へ、同じような質問をしていた。乗客の一人は「…ボンッ、キュッ、ポンッで…」と答えた。すると鉄仮面の男は乗客を軽々と持ち上げると、走行してる車両の外へ高く放り投げた。すぐに見えなくなった。
ボンッボンッボンッ
俺の頭の中には地面に弾かれ跳ね返りながら遠ざかっていく音がしていた。そうか、ボンッキュッポンッというのはボンッボンッボンッの事だったんだ…。
もう一人の乗客へも受け答えがあった後に、投げられて遠ざかっていった。
ボンッボンッボンッ…
俺はまだ何も答えられずに黙ったままでいると、目の前の鉄仮面の男は「チッチッチッチッ、時間切れだ」と言って、俺の首根っこをつかんで足元に近づけた。タラップの床面の一部分をスライドさせると、そこに出来た穴へと俺の体を押し込めた。俺はアッと言う間もなく流れる線路が暗く見える穴の中へと落とされた。すぐに車両の大きな車輪が眼前に来た。
終
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