ピープルフライドストーリー (7)三毛乱短編小説
【作者コメント: 今回は…ホラー…作品…です。】
第7話 電話BOX
by 三毛乱
男は自転車で旅をしていた。
それまでは両親と暮らしていたが、関係は良くなかった。男が 無職になる前から、父親とはギスギスとした関係であり、母親は二人をとりもつような立ち回りを演じていた。
男は少しづつ準備して、ある日家から遂に飛び出す形で旅に出たのである。
最初は楽しかった。
他の自転車旅をしている人と出会えて、一緒に旅をしたのが一番の楽しい思い出となった。
別れてからも、旅での人々のあたたかさに触れて、心が和んだ。母親父親を、いろんな視点で見れるようにもなってきた。
そんな日の午後、細い道で前から来るトラックとぶつかりそうになり、なんとか避けたのだが、バランスを失い、坂道を転がり、打ち身切り傷を負ってしまった。一番の被害は携帯電話が使えなくなった事だった。
男はとぼとぼとブレーキの効きづらくなった自転車を押して、山道を下って行った。
お金もあと1、2週間分程となり、心細くなってもいた。
夕刻が近づいたが、まだ近隣の人家が見えなかった。でも、電話BOXがあった。
BOXの扉の下に、10円玉が散らばって落ちていた。
数えると10個あった。
男はそれを拾うと、これで電話を掛けようと思い、BOXの中に入った。
10円玉を1枚づつ10個全部入れてから、受話器を手にとり、記憶していた電話番号をたよりに、電話機に表示されている数字を押した。
数回のコールで、電話が繋がった。
「はい…もしもし」
母親の声だった。
久しぶりの母親の声を聞いて、一瞬胸が詰まった。
「俺だよ……」
「あんた……なの……」
母親も短いが胸に迫るような息使いの声を出していた。
「……俺、これから、帰るよ……」
「…………」
無音なのではなく、母親が心配してるような、微かにうんうんと頷く音に男は聞こえたような気がした。
もうすこし言葉を交わしたい気持ちもあったが、時間切れで通話の終わる音が聞こえてきた。
男が受話器をフックに掛けた。
すると10円玉が返却口からとび出てきた。
1個だけでなくどんどん出てきた。10個……100個………どんどんどんどんと……200個………300個………と続けて出てきて止む事はなかった。
男は最初驚いていたが、だんだんニヤついてきた。
「なんだ、これ?故障している電話BOX?………しかし、こんなに出るんじゃ、相当な金額になるんじゃないのか?…うわー全然止まる気配がないぞ。こりゃ、いいや、アハハ、ハハハ」
男は、もうすでに、流れ落ちるお金全部が自分のものになる算段をしていた。
10円玉硬貨は勢いをたかめて流れ落ちた。
男は狂ったように笑い出した。
「もっと出ろッ、もっと出ろッ、もっと出ろッ、ハハハハ」
10円玉硬貨は鉄砲水のように男の足首まで埋め尽くした。
男は足を上げてたまった10円硬貨の上に再び立った。
どんどん10円硬貨は流れ落ちた。
男は何度も10円硬貨を踏み込みながら、段々高い位置に立った。
男は笑い顔をまだ少し残したまま、一旦この電話BOXから出ようと考えた。
扉を押した。だが扉はびくともしなかった。どんなに押してもびくともしなかった。
男は真顔となり、すぐに恐怖の顔となった。
10円玉硬貨はなおも勢いよく流れ出ている。
男は油汗をかきながら、なんとか扉を開けようとしたり、返却口からの10円硬貨を押しとどめようとしたが、どちらも無駄な行為と知った。手を弾かれて痛めただけだった。
男の頭がBOXの天井に近づいてきた。
男は焦っており、恐怖を感じてもいたが、無理に笑おうとした。
「アハハハ、アハハ…」
男はなおも扉を開ける努力をしたが、すべて無駄に終わった。
10円硬貨が返却口の高さまで埋め尽くすと、今度は投入口からも勢いよく10円硬貨がとび出し始めた。そして電話機の本体自体が徐々に上方へずり上がっていくのが、男には分かった。投入口からとび出る10円硬貨が、近づく天井に当たって落ち始めた。
「確実に、俺を殺す気だな……」
と男は絶望的につぶやいた。
10円硬貨はどんどんどんどん溜まっていき、男の胸、首へと埋め尽くした。
最後に、男は恐怖の顔なのか、笑っている顔なのか、泣いてる顔なのか、よく分からない顔となった。
そんな顔を10円硬貨は無慈悲な勢いで埋めていった。
男は、ついに息絶えた。
その後も投入口からとび出す10円硬貨が天井を打ちつける音が、しばらく続いた。
無音となった。
夜の闇が電話BOXを包みはじめた。
翌日、何事もなかったかのように、電話BOXの中の男と10円玉硬貨は消えていた。
中身は元の姿に戻っていた。
ただ、電話BOXの近くにはブレーキの壊れた自転車が倒れており、BOXの扉の外の地面には10円玉硬貨の10個が散らばって落ちていた。
その後、警察官に電話BOXのことを尋ねられた時に、近くの住人はそのような証言をした。
(終)
2022 12 23
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?