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男系が非人小屋扱いの歌舞伎役者の流れの戸籍なのに戦後鹿児島県庁に正規公務員として採用された祖父

私の父方祖父は昭和14年に鹿児島実業学校を卒業後、満州電業株式会社に就職。
祖父は新京法政大学第二部の夜学の法学部に1年、経済学部に2年通い、昭和19年に徴兵されたため除籍したが大学は卒業扱いとされた。
戦争中日本兵と野原でご飯を炊き炊事をしていたら煙が立ち上がり、ロシア兵に居場所がばれ、16人の日本兵が1列に並ばされ、背の高い日本兵が代表してロシア兵と交渉していたら交渉がこじれ、ロシア兵がいきなり銃を発砲し始め、13人が撃ち殺される。
端にいたチビンコロ3人は銃弾がすり抜け、散り散りに逃げた。
その1人が祖父である。
敗戦後シベリア抑留され3年後舞鶴港に帰国。
祖父は鹿児島市加治屋町の女中宅に戻る。
昭和23年に鹿児島県議会事務局職員の募集の貼り紙を見かけたため応募し、3人受験した中で祖父1人が合格。
鹿児島県議会事務局議事課に配属。
祖父が公務員に採用された昭和23年は日本国政府はGHQの占領下。
その後祖父は税務畑になり県税事務所を回る。
祖父は「公務員は特権階級」とか、父親が「親父は県庁のお偉方」といつも言って世間の民間人を威圧していた。
父親は公務員家庭や社長家庭、医者や弁護士家庭と交流していた。
祖父は町内会で鹿児島市役所職員を県庁より下だ、と馬鹿にして喧嘩になり町内会を県庁側に付くか市役所側に付くかで分裂させた。
祖父は町内会から「嫁の家、土地に乗っかっせえ、どこん誰よ」と言われる。
祖父は松原町大門口の身売り芸者と身請けした金生町の実業家との間に生まれた私生児。
芸者の父親は宮崎市瀬頭町の花街で芸妓検番。女の売り買いをしていた遊芸民。
芸妓の父親の父親は熊本県宮内村の歌舞伎役者。
歌舞伎役者は江戸時代は非人小屋者と同等の扱い。
祖父の戸籍では、祖父の父親は芸妓検番。祖父の祖父は歌舞伎役者。
祖父は戸籍では男系が非人小屋者と同等の扱いの遊芸民。
鹿児島県庁は祖父を定年前に鹿児島県議会事務局長に任命。
祖父は宮崎市の実家は下駄屋で士族かも、と身分を偽り続けた。
本当は非人小屋者扱いの遊芸民。
鹿児島県庁はなぜ非人小屋者扱いの遊芸民の流れの祖父を正規公務員に採用し、鹿児島県民の税金で食わせ、鹿児島県民の指導者として県民の上に立たせ、公務員の身分を与え、生活の保障をしたのか?
祖父は商人より下の賤民の歌舞伎役者遊芸民の流れである。
非人小屋者扱いの流れの祖父が鹿児島県庁職員として鹿児島県民から税金を強制徴収し、上から目線で税務指導をして回っていた。
祖父は商売人を馬鹿にして回った。
祖父は自分の息子に医者か弁護士になれと威圧した。
息子を県庁マン家庭に見合う学歴、職業にしようとした。
祖父は非人扱いの戸籍なのにである。
祖父は士族になりすました。
祖父は長女を士族に嫁がせた。
祖父は鹿児島県庁を欺き続けた。
祖父は非人扱い、歌舞伎役者、芸妓検番、芸者の遊芸民家系を隠し続けた。
祖父は認知してくれなかった実父が人事興信録記載実業家であることを社会に隠し続けた。
祖父が実父を明かしたら母親が非人扱いの流れが芋づる式にバレるからである。
遊芸民の祖父を採用し、35年間鹿児島県民の税金で食わせた鹿児島県庁には罪がある。
非人扱い遊芸民なのに士族だと鹿児島県庁を欺いた祖父には罪がある。
祖父は嫁も息子の嫁も欺いた。
祖父は私は家柄が良い、と言っていた。
非人扱いを隠した祖父と非人扱いを採用した鹿児島県庁を訴えたい。
鹿児島県庁職員だから信用されて生まれた子孫が非人扱いの身分戸籍になってしまったではないか。
これはれっきとした犯罪である。





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