恐怖のグレーターデーモン。
ピチョン。
懐かしい雨垂れのにおい?
ピチョン。
地上に帰りたい。
俺は、心底、怯えている。
ピチョン、
だれか、気づいてくれ。
誰か、だれかあ。
虚しい声。
まさに負け犬の遠吠え。
「風にも龍にも」届かないとは思わなかった。この雰囲気ならあいつらに回収してくれる状況だろ!
怒りすらも届かない。
いや、聴こえないのだから。
彼が現在、怯え眼で周囲を見渡しているのは「複雑かつ張り巡らされた深淵」の水脈。
もう自分では辿れない、戻れない。
加え、視力も奪われているのだ。
自身、ただ1体なのだ。
そういえば、
連れ添った愛刀は?
捜索を試み手探りするが感触がない。
身を守る術が、いや、よそう。
これ以上考えたらおかしくなる。
もう誰もいないのだから。
ピチョン。
少し残滓を整理する。
....1万人以上で挑んだ深層地下洞窟。
大勢居たが狩り尽くされたらしい。
全て歴戦のツワモノ揃い。
それも、
ただの一度も粗相を犯したことのない勇者たちだった。
それが、それ、、、あああ。
首を振る左右に傾ぎ正気を保つ。
無惨に、無慈悲に、無表情で。
無作為に。
なすすべもなく灰となった光景が脳裏に残っている。
ここから、離れたい。
時折、少数の悪鬼が様子を窺っているが私に一切手を出してこない。
私が高段位のひとりだと感じているのだろう。たった一つの希望。
時間にして、5分後の未来。
なぜか幸い、食料には事欠かない。
地下迷宮に咲く一輪のオアシス。
自然の防御壁なのか。
視力も殆ど役目を果たしていない。
ピチョン。
突如、
もぞり。
だんだん。
もぞり。
だんだ、もぞもぞ。
足で腰で、頭で。背中で。
「たたらを踏む」、命の最終抵抗。
!敵ではない。
五感が絶たれても仲間に伝わる最後の救出伝達方法に涙も出なかった。
仲間だった。
人数にして18人。
幾つかの生き残りがいる事は背中を直接触れながら振動させ行う「略式伝達」で内容をおおよそ理解した。
どうやら仲間達もお互い悪鬼を避け、身を寄せ少しづつ移動している事を告げられた、その時。
モゾモゾ
ダ.....
近くにも、たたらが刻み踏む気配!
しかも強い試練を乗り越えた勇者の強い心!
それが振動が脳と心臓に伝わる、強い感触!孤軍奮闘の狼煙!
しかも全員が理解できる近しい距離で刻を刻むのがわかった。
全員、一言も発さない。
「略式伝達」で伝わる「勇者、援護殲滅」の合図。
全員、悪鬼に虐げられてきた思いを!復讐を討ち果たす、心の勇者!
そこからは速く、そして。
脆かった。
身構え、
かがみ、
飛び出す!!!!
曲がりくねる迷宮など、
私たちの敵ではなぁあああ、
そこで全員の意識が遮断する。
そこは大広間と呼ぶにはあまりにも粗末な玄室に、「最強の勇者」がいた。
たった一体で。
たたらを周期的に刻む。
過去を悔やみ、五感を絶たれ。
ひたすらに悔いる「多々良踏み」
それは、イノチ「だった」モノ。
周辺には夥しい冒険者が重なり、
苦痛に身を捩る行動のまま絶命した無数の死体がそこにあった。
数字にして約5000。
覚悟を決め飛び出した、
希望という名の絶望。
周囲から討伐を目論み集まる「悲しき勇者達」。
彼らは理解できない。
別名、「異端者の宴」
面倒くさそうに、惰眠を貪りながら、ひたすら狩り続ける悪鬼達へ捧げる強き勇者達の夥しい供物。
悪鬼羅刹、耳に覚えがある冒険者は絶対に近寄らない悪魔の所業。
城塞都市内で甲斐甲斐しく世話を焼き、
魔力を食わせ、知識を無尽蔵に与え、目に頼らず深淵を目指す悪鬼なるモノ。
強武器を惜しみなく貸し与え、迷宮へ潜らせ続ける。
カネに困らず、
何度もやり直せる充足感。
通称、馬小屋。
たたらを周期的に刻む行動は、
悪鬼どものお家芸だった。
いや、狩りを生業とする悪鬼なら誰でも心得ている収穫の「略式伝達」。
恐怖に怯えるグレーターデーモン。
複数の悪鬼から狂うほど凄まじく、そして「暑さや寒さを感じない彼岸」へ一瞬で運ぶのだ。
彼岸へ連れ去る意識の中で、生まれ変わりたいと願う気持ちを「ソレ」は一瞬で灰と化し......。