雑記
情報が無限湧きしているので終わりがない。脳が疲れる。目がシパシパする。
無料で得られるネットの情報というのはなぜか記憶に定着しない。バズっているのは一部の豊富な知識をもった人間のツイートか、それを曲解した簡易版のゴミ、あるいは坊主ガレソ系のゴミなので基本的に見る価値がない。
Twitterの言葉自体が俺の人生に影響を与えたこと、ガチでない。Twitter経由で知った本が面白かったこと、覚えてることは多々あるが、Twitter自体にその力はない。
なぜならおれはTwitterをゴミだと思っているので。査読もされていない、ファクトチェックもままならない、編集も校正もない文章におれの脳みそを掻き回されてたまるかという気概が俺にはある。おれはTwitterを超克する。顔も知らん他人の訳のわからん文章で心動かされてたまるかボケが。
それはそうと、にゃるらのゲームneedy girl overdoseというものを昨日からやっているのだが、大して面白くない。
にゃるらを知ってからおよそ5年ほどが経過した。近鉄線の東寺駅でにゃるらの文章を初めて読んだことを覚えている。この人サブカル詳しい〜!と思った記憶がある。
そこからにゃるらにほぼ触れず5年が経過した。noteで筋トレについて書いてる素人の(トレーナーの文章はつまらん)筋トレ記録みたいなものを読み漁っていると、にゃるらが出てきた。
スクワットをしているらしい。重量は100キロと可愛らしいが、細身のイメージなので頑張っているのだろう。そこからにゃるらのnoteを読むようになった。
毎日文句を垂れながら、そこそこの分量の文章が投稿される。毎日投稿されるので、いつしかにゃるらのnoteを読むのが日課になってしまった。
そんなにゃるらが最近仕事忙しいよー(泣)と病んでいる。上記のneedy girl overdose(以下、ニディガ)のポッポアップをやるらしい。
ニディガとはなんぞや。友人に聞くと期待外れのゴミ、みたいなニュアンスの返答が返ってきた。
とはいえ、僕はにゃるらに関して5年前抱いたサブカル詳しいという印象と、毎日文章を読む中で伝わってくる彼のニディガへの熱意を知っている。
とりあえずプレイしてみるかと、慣れないながらsteamで初めてゲームをダウンロードし、プレイした。
まだ全くハッピーエンドに辿り着けておらず、こんな状態で語るのも申し訳ないのだが、ハッキリ言ってあまり面白くはない。
超てんちゃんとの会話に際し、膨大なゼロ年代オタクカルチャーからのレファレンスがあるのだが、その引用元がポップすぎるのと、だからなんやねん?という使われ方をしていて残念だ。
にゃるら、お前は文脈から切り離された雑なジョジョパロを許しているのか?
この作品から引用部分を取り除けば何が残るのか。あと引用ネタがTwitterに媚びすぎていやしないか?
正直おれはむかついている。馬鹿正直に育成を進めれば “それは本当に超てんちゃんが求める幸せなのかな?” 模索してAV業界に叩き込めば “肉欲だけが全てではないよ” “これがゲームでよかったね” だと?
おれはまだトゥルーエンドを見ていない。超てんちゃんの求める幸せは何か。どこかの選択肢には幸せがあることを信じて、おれは今日もodとsex、メンクリ通い、エロ配信を繰り返す。
にゃるらが考えた超てんちゃんの幸せをみるために。
そもそも超てんちゃんという他人(恐らくにゃるらの自認では他人、というか超てんちゃんは僕自身ですよ。なんてことは一人のオタクとして絶対言わないだろう)の幸せを自分が規定して、それをトゥルーエンドとすることに気持ち悪さをにゃるらは間違いなく自覚しているので、そこをゲーム性に落とし込み、超てんちゃんの幸せはルートとしてないですよ!でもゲームとしてなんらかの回答は示してますよ!
これだったら面白いゲームだと思うし、おれはこのnoteを削除し、なんらかの形でにゃるらに罪滅ぼしをしようと思う。
しかし、その気持ち悪さをどうにもできずにトゥルーエンドが規定されているのだとしたら、それがどんなものかおれは楽しみにしてるぞ。おれが選択した超てんちゃんの幸せを否定したからには、にゃるらには絶対的な説得力でそれを俺に提示する義務がある。
もしトゥルーエンドが存在しないのなら、おれは今すぐディスプレイを叩き割り、環状線で大阪駅まで行って新幹線に乗り、駅弁を喰らい、酒を飲み、酩酊した状態で東京に行き、100キロしか持ち上がらないにゃるらの貧弱な脚を蹴り折り、おれの選択した超てんちゃんの幸せを認めさせる。
あと引用に関して、やるんやったら伊藤計画くらい手広くやって欲しい。あれくらい面白いシナリオを書けとは流石に言わないけれども、なんか引用ネタがネット臭くて、それをアイデンティティにしていると思うので申し訳ないけれども、ネットで人気のネタばっか引用されてしまうと作品自体の底が浅く感じられてしまう。
正直ゲームに関してはやりきってないので文句を言う資格はないが、パロがおもんない。
パロディの質が矢口真里と一緒。最大公約数的なパロディで馬鹿に媚びるな。変なもん作れ。誰も読んでない小説から引用しろ。
佐村弘明のハルシオンランチくらい世代がマッチしてないと伝わってこない局所的なパロディしろ。
肉を切らせて骨を断つって諺怖すぎ。ことわざが諺の一字に集約されるのも怖い。肉、切られちゃダメでしょ。痛いよ?
最近読書をしていないのでアウトプットが全部クソ。あと今日は何故か書き言葉の口が悪い。珍しくスマホで書いているのでそれの影響あるかも。LINEの話口調に近い気がする
文章、頭の中で考えたものをデバイスに打ち込むのではなく、デバイスが俺に書かせている側面があるのかもしれない。そうでないと、スマホでだけ口調が荒くなる理由がない。