道草の季節
久しぶりに会うことになった友人との集合時間に早く着きすぎてしまった僕は近くにある古本屋に初めて入った。なんとなく目についた文庫本を手にとり紙をめくっているとある部分に線が引かれていた、とても濃い鉛筆で。線が引かれるにしてはその文章はあまりにも長かったのでしばらくのあいだ僕の頭は静かなる混乱の海に沈んでいた。
友人の話は相変わらずおもしろくなかった。とても期待通りに、相変わらずに。話の途中から僕はこんなくだらない話に相槌を打つぐらいなら外で星を数えている方がましだなと考えていた。だけどそれは現実世界の物事をうまく真剣に考えることのできない自分の惨めさを強く何度も認識してしまうことの証明でもあった。ふと、何万年前の人とほとんど変わりがない星を見てるのが嬉しいとビートたけしが言っていたのを思い出した。それは星が変わらないというよりいつの時代も空を見上げてしまう人間はほとんど変わりのないことを思っているという深い哀しみであろう。
友人と別れ、帰り道を無目的に歩く僕は人間の靴跡に光る石ころのことを考えていた。そして人生には帰り道なんて存在しないんだと真っ昼間から湖岸のベンチに座りひとり楽しげに喋っていた親友のことを思い出した。あれは夏の終わりと秋の始まりのあいだであった。
今日の夜風は新月の微笑みのように優しく冷たい。それはなんだか膨張や回転に取り残されたあらゆる人間たちの言葉にならぬ結晶のように感じられた。