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「型」を刷新する時代へ/「次代の展示会ブース」を考える5つの言葉 

※本記事は、現在刊行中の「NEW BOOTH DESIGN(アルファ企画)」の巻頭文章を加筆調整して再掲したものです。

1.展示会業界の今後

〇変化を考えるタイミング

コロナによる混迷の時代が終わり、現在の展示会業界は「新たな時代」へとシフトしている、と感じている。コロナの期間は、展示会業界関係者にとっても苦難と忍耐と模索と研究に終始していた。その混迷の期間を乗り越えて、これから展示会はどうあるべきなのか。現在(2024年・執筆時)は、それを考えるべき時が来ているのではないだろうか。それは、「コロナがあけたから業務が元に戻り、忙しくなる。良いことだ」だけではなく、この苦難の期間で「得たもの」をどう次の時代へ活かし、次代をどのように作り上げていくべきか。このことを考える重要な期間なのだと感じている。本記事では、今後の展示会業界、特に展示会ブースを中心として、どのような変化があるのか、いや、どう変わるべきなのか、「5つの言葉」を挙げ、展示会デザイナーの視点から述べさせていただこうと思う。かなり主観が入っていることを読者の皆様には許していただきたい。

〇展示会デザイナーが考える視点

展示会業界は実際には様々な企業や団体が関わり合い大きな産業として成立しているが、現実的な面から見ると社会的認知度が高いとは決して言えない。特に日本の展示会は海外におけるそれよりも認知度と存在感は比較的低いと言っても過言ではないかもしれない。そのような社会的状況の中で、これまで展示会業界は独自の考え方でブースが考えられ、展示会自体の集客方法が語られてきた。それはそれぞれの経験値の中で語られるもので、業界全体を統一するような強力で体系立てた思考というものはなかったのではないだろうか。
これまで、展示会に関わる様々な立場の人から今後の展示会について、その在り方や可能性について語られてきた。しかしながら、展示会ブースを実際に実務として行う展示会デザイナーの経験値を基に語られている「今後」はほとんどない、と言っても過言ではないだろう。
本記事では、日頃ブースの設計を細かく行い、展示会場においてどのようにブースに集客を達成するかを考えている立場から感じている、これからの展示会に必要な考え方を、前述のように5つの言葉で述べてみる。

2.「オブジェ思考」によるブース構築法

〇「派手にして集める」手法はもうやめるべき

まず初めにお伝えしたい言葉は、「オブジェ思考」という言葉だ。これまで、展示会業界では、ブースの集客手法として、「派手にして」「インパクトを出して」といった手法で来場者を集めようとしてきた。しかし、この「派手にして大勢の来場者を集める」という手法に頼ることはもう止めるべきだ、と感じている。誤解を生みそうな発言なのだが、正確に言うなれば、これらの手法は、もちろん正しくはあるが、これだけでは不十分ということだ。単に派手にするだけだと、「来場者全員がターゲット」といった場合には有効だが、特定の来場者に来てほしい場合、見込み客以外も集めてしまう可能性がある。これではかなり非効率である。当然出展社の満足度にもつながらないだろう。また、派手にするあまり形状が複雑になり、設営コストが高くなってしまう懸念がある。
私は、このような派手にして集める、目立つようにしてブースを構築する方法を「オブジェ思考」と呼んでいる。彫刻のような、オブジェのような「立体物」をつくる感覚でブースをデザインするので、この名で呼んでいる。展示会業界ではこれまで多くの人がこのオブジェ思考によってブースがデザインされてきた。

3.「ただのシンプル」と「戦略的シンプル」の違いとは?

2つめの言葉は「戦略的シンプル」だ。当社スーパーペンギンのブースは「シンプル」とよく言われる。しかし、実はそのシンプルさの中には、細かな部分にまで「計算」が入っている。展示台の高さ、壁面の隙間の有無とその寸法、ちょっとした出っ張り、言葉の内容と掲示する位置など。どの部分を聞かれても、そこに込めた「集客」を達成するための細かな戦略を答えることができる。デザイン性を重視するデザイナーが、よくシンプルでアーティスティックなブースをデザインしているのを見かける。しかし、往々にしてまったく集客が出来ていない。「シンプル」という言葉はデザイン的に大事な言葉だが、「来場者が集まらない」デザインをしては、展示会デザイナーとしては失格である。「ただのシンプル」はデザイナーのアーティスティックな感性による「作品」でしかないが、「戦略的シンプル」とは、設営費を最小限に抑えながら、最大の集客結果を出すための「戦略的なデザイン手法」であることを知っていてほしい。

シンプルな形状だが、何を扱っているブースなのかは分かりやすい。言葉の選択が重要となる。

4.「空間デザイン思考」というブース構築法

3つ目の言葉は「空間デザイン思考」という言葉だ。当社のブースは、来場者をとにかく集める。おそらく、当社がデザインしたブースを見たことがある方は、周囲のブースとは明らかに違う集客の状況を実感していただいているのではないだろうか。なぜ、「派手」ではないのに、なぜ「真っ白」なのに、なぜ「余白ばっかり」なのに、集まるのか。そう疑問に思う方もいるだろう。中には「ただの偶然に違いない」、そう思う方もいらっしゃるかもしれない。しかし、もちろんそこにはシンプルさからは一見わからない深い戦略的な意図が組み込まれている。そのキーワードになるのが「空間デザイン思考」なのだ。 

ブースの中心に来場者が長く滞留する仕掛けを行い、にぎわっている姿を見せる。にぎわっているように見えると多くの出展社が近づきやすくなる。そのような効果を空間的に仕組む。

〇「空間デザイン」とは何なのか

この「空間デザイン思考」を理解するためには、まず「空間デザイン」とは何なのかを理解してもらう必要がある。私のように大学で建築を学んできた人は、学生時代に「空間デザイン」についてかなり勉強をしている。大学時代によく教授に言われていた言葉は「空間デザインとは心理学である」という言葉であり、「空間をデザインするとは、その場の空気をデザインすること、その場の心理をデザインすること」、という言葉だ。その場にいる人にどんな気持ちになってほしいのか。それを考え、それを実現するように壁・柱・天井などの形状、色、言葉などを決定していく。建築やインテリアデザインを学んできたデザイナーの多くは、この「空間デザインによるデザイン手法」をマスターしており、その場を利用する人の心理を想像しながら、空間のデザインを行っている。インテリアや建築の雑誌に掲載されている空間に無駄のないシンプルなものが多いのは、この「空間デザイン思考」によって設計されているからだ。 

〇「空間デザイン思考」とは

その場にいる人の心理を原点として「その場」、つまり「空間」を作り上げていく。かなりざっくりとした言い方にすると、このようなことになるのだが、これは今ある空間に表面的な飾り付けをすることではなく、形状的に奇抜なものをつくる、ということでもない。もちろん、これらは「空間デザイン」の手法の一部ではあるのだが、空間デザインとはもっと「本質的」な部分、つまり人間の心理を原点として、その場の「在り方」を構築していく、というものなのだ。これを展示会に置き換えると、「その場にいる人」とは来場者となり、その来場者の心理を原点としてその場の在り方、つまりブース形状や壁面の配置、文字の内容とその設置場所、照明の当て方など、を構築していく手法、それが「空間デザイン思考」ということになる。
これを聞くと、「であれば、自分はこれまでもその考え方でブースを考えてきた」という人もいるかもしれない。そのような方に是非思い返してほしいのが、その考えがどこまで「現実的」だったのか、という点だ。ヒト、特に日本人は「お客様のことを考える」といったような時、ついつい「理想的な」考え方をしてしまう。しかし、得てして現実は違う場合が多い。空間デザイン思考は、来場者のことを「超・現実的」に考える必要がある。例えば、会場にいる来場者は「つかまりたくない」と思っていることや、壁面のパネルは実際にはほとんど読んでいない、といったこと。ブースの前を通り過ぎるのは「ほんの数秒」、見てくれるのは「ほんの一瞬」、といったような視点だ。このような考え方は、どちらかと言えば「行動経済学」に近い考え方となる。現実的な来場者の心理を原点として、その場の空間(=ブース)の在り方を考えていく手法、これが展示会ブースデザインにおける「空間デザイン思考」なのである。
空間デザイン思考によって構築されてブースには大きな特徴がある。全ての要素が計算づくで作られるので無駄がない、という点も挙げられるが、それ以上に「来場者の方から自然に近寄ってくる」ブースになる、という点だ。これは形状の操作によるものでもあるが、キャッチコピーの工夫による効果もある。来場者を手当たり次第に集めるのではなく、見込み客だけに集まって来てもらう。それが「オブジェ思考」によるブースと「空間デザイン思考」によるブースの大きな違いなのである。

〇2つのブース構築法

これまで、「オブジェ思考」という言葉と「空間デザイン思考」という言葉について説明を行ってきた。これまでの展示会業界では、「オブジェ思考」で多くのブースがデザインされてきた。しかし、この手法は「見込み客」を確実に呼び込むことができるとは限らない曖昧な手法となる。一方で、見込み客が先方の方から自発的に近づいて来てくれるデザインの手法が「空間デザイン思考」であり、これからは来場者心理を軸にしたこの「空間デザイン思考」でブースを考えるべき、という内容である。
誤解のないようにお伝えすると、この考え方は今までの「オブジェ思考」を否定するわけでは決してない。オブジェ思考によるブースづくりは、ブースの構築方法としてはもちろん正しい。しかし、それは空間デザイン思考によるブース構築の中で、状況によって出てくる「手法のひとつ」と理解してもらえればいいだろう。例えば、小間位置が良くない場合などは、やはり目立つようにすることは必要だし、望むターゲットを集める施策を別に取りながら、同時に目立つようにする、という手法はもちろん「あり」なのだ。細かな戦略がなく、ただ漠然と派手なブースをつくるだけでは無駄に設営が高くなってしまうが、戦略的に空間デザイン思考によってデザインされたブースには無駄が無くなり、コストを比較的低く抑えられる可能性を持っている。
ブースを建てる資材が高騰している昨今、そして、より成果が求められるようになっている現在、この戦略的シンプルな空間デザイン思考によるブースは、より時代にマッチしたブース構築手法と言えるのではないだろうか。 

5.アート系空間デザインとビジネス系空間デザイン

次代のブースを考える上で知っておいていただきたい4つ目、そして5つ目の言葉は「アート系空間デザイン」と「ビジネス系空間デザイン」という言葉だ。これまでの文章を読んでいただいた方の中に、次のような疑問を感じた方がいるのではないだろうか。建築家やインテリアデザイナーが店舗を「空間デザイン思考」でデザインしているのであれば、なぜ「集まらない店」ができるのか、と。
その通りなのだ。そして、それは本項のキーワードである「アート系空間デザイン」と「ビジネス系空間デザイン」、という2つの言葉を考えると得心がいくだろう。
建築家やインテリアデザイナーは、学生時代には空間デザインを「アート作品をつくるように」考え、勉強してきている。それは社会に出てからもその思考法は多くの場合継続され、より美しい空間をつくるために、どのような素材を用い、どのようなディテールによって構築されているかが語られている。もちろん、これは間違っていることではない。空間が美しく、快適であることは正しいことであり、そのことへの探求はもちろんするべきなのだ。しかし、一方で、空間デザインの手法によって、どうビジネス的な結果を出すか、という視点についてはほとんど語られることはない。少なくとも社会的に焦点は当てられていない。店舗における集客はVMDという概念で主に語られており、それは空間デザインの概念とは完全には一致しないのである。
そこで、私は、空間デザインを「アート系空間デザイン」と「ビジネス系空間デザイン」という2つの概念で考えてみるようにした。そうすると、社会にいる多くの空間デザイナーが「アート系空間デザイン」を主軸に据えてデザインしているのではないか、という状況が推察される。
店舗に限らず展示会も含めた「商空間」においては、美的な在り方を追求する「アート系空間デザイン」と、ビジネス的な結果を出すことを目指す「ビジネス系空間デザイン」は、そのバランスが大事だと常々感じている。特に、3日間で結果を出さなければいけない展示会ブースデザインの領域においては、ビジネス系空間デザインの重要度は高い。一方で、一度作ってしまえば数年は継続される店舗デザインにおいては、集客の責任は運営側についてしまい、展示会に比べると、デザイナーが持つ責任はどうしても薄くなってしまうことだろう。そこに、「アート系空間デザイン」を重視してしまうデザイナーが生まれてくる(=売れない店舗が出来上がる)要因が存在している。 

〇2つの空間デザイン手法をバランスよく扱う

先にも述べたように、空間デザインにおいては、この「アート系空間デザイン」と「ビジネス系空間デザイン」の2つをバランスよくデザインに取り入れることが大切と感じている。そして、それは用途によってそのバランスは変わる、と考えている。例えば、著名人等の「個展」といった「展覧会」の場合は、ビジネス系空間デザインより「アート系空間デザイン」の比率が高くなるべきだろう。しかし、ビッグサイト等で行われるBtoB商談会の場合、「ビジネス系空間デザイン」の比率を高くしなければいけない。
このように、自分がデザインしている物件が、どちらの空間デザイン手法を重視してデザインするべきなのか。それを把握してデザインをすることがこれからのデザイナーには必要な素養だ。もちろん、そこにはコスト感覚やコミュニケーション能力等も備わっている必要があることは言うまでもないことだろう。 

6.「型」を刷新するフェーズへ

日本の文化を「型の文化」と表現する考え方がある。「集団主義」という言葉に表現される日本人の民族性において、日本は歴史的に多くの人が模倣しやすい「型」というものを大事にしてきた。そして、その「型」は次の時代へと継承され、その時代に合わせて少しずつ進化させてきた。その「型」の刷新を行わず、「守り」過ぎると、その「型」は古くなってしまい、その時代、そしてその先の時代には合わないものとなってしまうのだ。
これまで展示会業界は、慣習という漠然とした意識の中に、「型」のようなものが存在していた。誰もが「展示会ってこうだよね」というその「常識」こそが「型」なのである。しかし、今。コロナがあけて、新しいフェーズを迎えようとしているこれからの時代は、その「型」を刷新する時期に来ているのではないかと思うのである。「型」は刷新しなければ「古く」なり、やがては衰退してしまう。もちろん「このままでよいのでは?」という考え方もあるだろう。しかし、別の考え方をすると、「今は展示会業界発展のためのチャンスなのではないか」とも言えるのではないだろうか。企業にとって「現状維持」という言葉は事実上「衰退」を意味しているが、これを「業界」に置き換えてもきっと同じだと思うのだ。将来の業界のために「型」の刷新は常に念頭に置いておく必要がある。

以上、本記事では展示会デザイナーという立場から「5つの言葉」を挙げた。展示会業界はまだまだ発展のポテンシャルを有している。過去の慣習にとらわれず、新しい視線で物事を捉え直すことで、今後様々な視点から展示会業界の新しい「型」が生まれてくることだろう。そんな新しい「型」を考える人材が今後増え、そのような状況を歓迎する風潮が生み出されることを期待したい。

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