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6月追加分析+果たして現場はあるのか問題

春先新人大量投入仮説

 前回のポストにて、AWS、Azureといったクラウド系の技術要員の単価を時系列で見たとき(下記Fig.1,Fig.2)、要員の平均単価が4月から5月にかけて下がっている傾向があるように見え、それについて私は

この減少の原因にはいくつかあるとは思いますが、クラウド人気を背景に、新年度を迎えて数多くのクラウド指向の新人エンジニアが登場したということもありそうです。

のように書きました。その後、その見立てがどれくらい妥当そうかを検証するために、提案されている要員の平均年齢を特徴量として月ごとに比較してみることにしました。新年度に投入される新人の多くは若年層であることが予想され、若年層が多く投入されるとなると、要員の平均年齢が下がるはずで、それをもって仮説支持の傍証とするというのはさほど見当違いな分析にならないであろうと思っています。

Fig.1 AWSの単価3ヶ月推移
Fig.2 Azureの単価3ヶ月推移

分析結果

 AWSとAzureの両スキルの平均年齢と平均単価を月ごとに算出したものが下記Fig.3の表です。特に4月と5月に注目してください。AWSおよびAzureはどちらも平均年齢が4月から5月にかけて下がっています。とりわけAzureの下がり方が大きい。
 検定にかけてみたところ、Azureの方は統計的に有意(p<.01)でした。AWSは帰無仮説を棄却できませんでした。AWSは4月の年齢も決して高くないというのもありますよね。そう考えると3ヶ月だけというのは微妙なところはありますが、いずれにせよ片方は明確に「下がった」という痕跡が確認できます。クラウド領域、少なくともAzureについては新人さんがこの時期多く現場投入されたというふうに解釈しても良さそうです。

Fig.3 平均年齢と平均単価

果たして適切な現場はあるのか問題

探せば十分あるのか。そもそもないのか。

 今回の分析結果だけだと「4月から5月にかけて、少なくともクラウド領域では新人が大量に投入された」という話になり、「で?」という感想しか出てきません。
 そこで、もう少しこの問題を敷衍して考えてみましょう。クラウドに限らず、今、SES業界では大量の新人(未経験者やいわゆるロースキル要員)が採用されています。これは、感覚の話ではなく、5月6月の分析結果を見ていただければおわかりかと思います。現場の要求するスキル(価格)に対して、提案されている要員スキル(価格)が低い傾向が続いています。

 結局のところ、未経験やロースキルのエンジニアが入ることのできる現場があれば業界としては万事解決世界平和なのですが、なかなかそううまくいっていないというのが現状です。SNSなどを見ていると、なかなか現場に入れず本意ではない案件にアサインされたエンジニアさんや、必至に案件を探す営業さんの姿が散見されます。

ここで考えないといけないのは、これらのエンジニアさんにマッチする現場が
1.優秀な営業さんが探せば見つかる
2.そもそもない

のどちらかということです。2といっても、もちろんゼロではない。新人さんを受け入れる現場はあります。ただ、今いる人たち全員を収容するほどに潤沢かということです。

外部統計から考える

 これを考えるために、SES業界という狭いスコープを少し離れて、外部の統計を見てみましょう。Fig.4は2024年7月に公開された、三菱UFJの2024/2025の短期経済見通しの抜粋です。また、Fig.5とFig.6は経済産業省の特定サービス産業動態統計速報からの抜粋です。
 Fig.4は設備投資(赤線枠)をご覧ください。2023年度は前年同月比でマイナス期間が多かったのですが、2024年度以降、とりわけ7月以降はとても緩やかではありますが、各企業の設備投資が前年比増に転じていく見通しにあります。設備投資といってもいろいろありますが、この中にはもちろんITへの投資も含まれているはずです。
 また、経済産業省が公開した2024年3~5月の業界動向について、Fig.5は「インターネット附随サービス業」に注目してください。ここに我々の業界が含まれているわけですが、ここ3ヶ月間は前年同月比で2.5%前後で伸びています。さらに詳細を示しているのがFig.6なのですが、伸びている分野として、
・課金・決済代行及びサイト運営業務(2.4 %) 
・セキュリティサービス業務(17.3 %)
・コンテンツ配信業務(2.4 %)
が挙げられています。
最初の2つは、比較的高度な知識とスキルが必要となる業務ですよね。
要は

・緩やかではあるが、ITへの投資は続いている
・知識やスキルが必要となる分野が多い

という感じになるかと思います。つまり、需要は伸びている。ただし、伸びているのは未経験、ロースキルでは対応が難しい領域である、ということになります。少なくともこの表を読み解く限りでは。

Fig.4 2024/2025 経済予測
Fig.5 特定サービス産業動態統計速報
Fig.6 特定サービス産業動態統計速報

景気は伸びても初級者には厳しい環境

 コロナを経て景気は回復傾向、ITへの設備投資もそれなりになされていることが推察されます。課金・決済代行、セキュリティサービス、コンテンツ配信などが伸びているという報告の一方、体感ではありますがLLMの隆盛により、サービスのAI化などの業務も増えてきており、このあたりの伸びは今後顕在化してくるものと思われます。
 ただし、これらの業態はすべてIT技術の高度な応用を必要としており、それに応じて参入する技術者にもそれなりの技術が要求されます。初級エンジニアがいきなり参入するのは難しく、ここに乖離が発生します。それが先月までに報告している単金分布(Fig.7,Fig.8など)に表れているように見えます。つまり、乱暴に言えば、今の初級の人たちが初級のままであれば、すべての人たちが入れる現場はない、ということになります。

Fig.7 AWSの単金分布(青:案件、赤:要員)
Fig.8 Azureの単金分布(青:案件、赤:要員)

課題は初級→中級の育成

 いま、IT業界はとても人気があります。エンジニアになりたい人も増えており、その人たちを集めるのはとても簡単な状況になっています。スタートの敷居が低いことからSES企業も日々増えており、それらの企業を通じて初級エンジニアが次々と入ってきます。

 しかしながら、今まで論じてきたように、増えていく初級エンジニアすべてに提供できる案件はありません(もうここまできたら、ない、と断言していいでしょう)。彼らを無事に現場にアサインするには、いま初級レベルで現場にいるエンジニアをいかに中級レベルに成長させ、社会が必要としているレベルの現場に投入するかが大切になってくると思います。
 そして初級が中級にスライドしたところに次の初級エンジニアを投入するという正の循環ができるようになると業界としてはとても健全な環境になり、この状態を目指すべきです。

 未経験エンジニアを初級エンジニアにするような教育を提供しているSES企業は少なくありません。しかし、初級エンジニアが中級エンジニアになるための教育というのはあまり行われず、エンジニア本人に任せているケースがほとんどのように思えます。そこには、リソースの不足もあるでしょうし、「とりあえず現場に入れたからいいか」という気持ちもあるのでしょう。しかしこれがなされない限り、ボトルネックは解消されません。

 初級エンジニアをいかに中級エンジニアにするか、それに対して責任を持つかということが、各企業にとって重要になる岐路にきているように思えます。
 こう論じている私自身、「じゃあどうすればいいか」ということについて何かが見えているわけではありませんが、これを大きな問題と捉え、引き続きみなさんに何らかの示唆ができるよう考えていきたいと思います。

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