屑 第一話
俺が誰か?それは読者が知るべきことじゃない。漫画をまだ第一話しか見てない奴が、最終話の展開を知る必要があるか?.....うまい例えが思いつかないが……つまりそう言うことだ。
これはある男子中学生の人生の断片を描いた記録だ。語り手は俺、主要登場人物は主人公の村田、いじめっこたち(とりあえずA、B、Cとしておこうか。)、村田の彼女。あとはモブキャラだ。先生たち、先輩の女子生徒、クラスメート、その他もろもろ……。
さて、内容の説明もだいたいできたし、幕開けとしよう。
お前はその日の放課後、形容し難い恐怖に苛まれていただろう。心臓を握り締められているような、肺が押しつぶされているような、息苦しくなるような恐怖。わかるよ。
「村田、話していいか?」担任が教卓に立ってお前に視線を向ける。教卓を挟んで、横一列に六つの机。二列目の机六つのうちの四つ。恥の席を開けて、左からお前、いじめっ子のA 、B、Cと並んでいる。
お前はおもむろに頷いた。担任が話そうとしているのは、一言で言うとお前がいじめられた理由だ。お前はいじめっ子たちにいじめられる心当たりがなく、理由を知りたいと思っていたのだ。
だがその日のお前はそれを聞けるような心境ではなかった。恐怖に苛まれ、周りの音が消えていく。お前の呼吸だけが小さく自分の耳に響く。心臓がドクドクと鼓動を打っている。
「お前はこうこうこういうことでいじめられたらしい」こうこうこういう理由でのところは、お前には聞こえていなかった。聞こえていなかったとしても、しょうもない理由だったのは確かだ。
というかお前はいじめられた理由に薄々気付いており、実際それがいじめられた理由だった。
なんにせよ、理不尽な理由だったのは間違いない。
「………で、お前らは反省を……」
お前の知らないうちに、いじめっ子たちが謝る流れになっていたみたいだ。お前はこういう流れが嫌いだった。謝ったとしてもこいつらは変わらない。それは誰からみても明らかだった。でも、さすがにここで謝ることはしないでほしいとは言い出せなかった。お前は渋々いじめっ子たちのほうに顔を向ける。
その瞬間に鳥肌がブワッとたった。
まず、Bが席を立ち、謝ったのだが、彼女は笑っていた。ニヤリと口を歪め、マスクをつけていない上に、先生がいるのにもかかわらず、笑っていた。
「ええっとぉ、そのぉ、嫌がることを言ってしまってぇ」どこか陽気にBは誤った。こんな謝罪をされるくらいなら謝罪はいらない。お前はそう思った。
次にCが立った。Cも同じように、マスクの上からでもわかるくらいに笑っていた。ぐにゃりというオノマトペが合うような口の歪みようだった。
彼女が言ったことはお前には聞こえていなかった。ただ、鳥肌と恐怖が体全身に走った。息ができなかった。
Aは作文で事前に考えてきたような、綺麗事の羅列のような謝罪をした。お前はなぜこの状況でこんな言葉が出せるのかとゾッとした。
謝罪が終わり、担任が言った。「村田、何かいうことはあるか?」
言いたいことはたくさんあった。納得できないこともいろいろあった。でもお前は言い出せない。そこが自分の弱さだとお前は自覚していた。
そこからは何があったかは覚えていない。知らないうちにお前は教室を出て、知らないうちに家路につき、知らないうちに家に帰っていた。
お前はまともに着替えもせず、ベットに顔を伏せた。お前は勉強机に手を伸ばして、CDプレイヤーにささっているイヤホンをつかんで自分の方に持ってくる。イヤホンを耳に入れて、CDプレイヤーの再生ボタンを押した。男性五人組のバンドの、ゆったりとしたバラードが流れた。男性にしては少し高いボーカルの歌声が、お前には心地よかった。そして少しだけお前は泣いた。
お前のいじめに関して少し書いておこう。
お前が受けていたいじめは、簡単に言えばいじりの域を超えた陰口だった。
お前が最近言われていた陰口はこんな感じだった。「気持ち悪い」「きしょい」「近づきたくない」「関わりたくない」「同じ空気を吸いたくない」「あんな奴が生きていることが信じられない」「さっさと消えてほしい」みてるだけで嫌な気持ちになる。
お前は一時期毎日のようにそんなことを言われ、それを知ったたび家で泣いた。言い返してやればよかったと何度も思った。だが、いじめっ子たちは女子たちに人気だった。そんな状態で文句を言うということは、クラスの女子全員を敵に回すことと同義だった。
お前はいじめっ子たちに何度も苦しめられ、何度も泣かされた。
お前はベッドに突っ伏したまま、今日のことを思い出してしまった。あいつらの笑っている顔が頭にちらつき、お前は吐き気を覚えた。トイレに駆け込んだ。腹の中から何かが流れ込んでくる感覚がする。胃液のようなものが口から出てきた。息が荒くなる。お前はしばらく動けなかった。
お前はトイレからゆっくりと立ち上がり、パソコンに向かった。パソコンで自分のアカウントにサインインして、Twitter(現X)を開く。お前はDMで「アボカド」という名前のアカウントをクリックする。トークルームが開き、好きなアーティストについて話していたメッセージの履歴が残っていた。「アボカド」はお前より一つ年上の先輩に当たる人で、鹿児島に住んでいるらしい。「アボカド」とは好きなアーティストの話をしてから仲良くなり、DMでよく話していた。
<アボカドさん、今大丈夫?>
お前はメッセージを打ち込んで、送信ボタンを押した。
しばらく待っていると返事が来た。<全然いいよ、どうした?>
お前はポツリポツリと自分のいじめについて相談した。その相談をするたび、「アボカド」はメッセージをこちらから送るごとに反応を返してくれて、その度にお前は少し救われたような気持ちになった。
話がひと段落つきそうになった時、「アボカド」からメッセージか届いた。
<にしてもまじでそいつらクズや。ほんと許されん>
<ほんまにしんどいよ。そんなクズたちにいじめられてさあ>
<またなんかあったら相談していいよ!>
<ありがとう>
お前はふっと笑った。玄関のドアが開き、妹と母親が帰ってきた。
お前はまだ気付いていない。何に?それはまだ知らなくていい。いずれお前は気付くはずだ。
その時にお前がどう感じ、何を考えるのか、なんてキザな言い方をしてみたが、ともかく俺は、これからお前がどうなるかを、楽しみにしている。
第二話に続く