13年越しのこたえ 短編小説
少し肌寒い4月の日。僕は冷たいアスファルトの上を歩いていた。前まで僕は猫背だったけど、今は胸を張って、堂々と歩いている。
二階建ての小さなアパートに着くと、僕は階段を登った。階段が、やけに長いように感じた。
202号室。忘れはしないこの番号。僕は202号室のポストに、スケッチブックを入れた。
あれは13年前。僕はまだ小学生だった。
僕は教室で、いつも浮いていた。特に中の良い人もいない。だから僕は、絵の中で友達を作った。
自分の理想の友達の顔を、スケッチブックに描いていった。
僕は絵は上手い方だったと思う。教室の後ろの壁に貼ってある絵の中で、僕の絵が一番目立っていたから。
毎日毎日、休み時間になると、スケッチブックに友達を描いた。
友達の名前は「太郎君」。ありふれた名前だけど、これくらいしか思いつかなかったんだ。
太郎君は、見ていると元気になってくる。明るい顔に太陽みたいな笑顔。心がスッキリした。
太郎君を描いている時は、友達のいない寂しさを忘れることができた。
そして僕は、恋を覚えた。
授業中、なぜかその子-----葵ちゃんに目がいってしまう。
授業に集中する事もそっちのけに、僕は葵ちゃんに見入っていた。
葵ちゃんは、茶色くて、肩までかかる髪に、イチゴのヘアピンをつけていた。
そして顔は最高の美人!
好きな人はいないという噂を聞いているから、もしかしたら僕も...!なんて考えても無駄だ。
こんなに教室で浮いている僕を、相手にしてくれるわけがない。
でも、僕は葵ちゃんを眺めているだけで幸せだった。
葵ちゃんを眺めていると、優しい気持ちになれたんだ。
ある日、僕は絵を描いている途中に、トイレに行きたくなり、スケッチブックを置きっぱなしにして、トイレに向かった。
トイレで用を足して戻ってくると、スケッチブックのいちが、少し変わっていた。
不思議に思ったが、誰かがぶつかってこうなったんだろうと思ったので、あまり深くは考えなかった。
そして僕は、小学校を卒業した。
それから13年。僕は今、社会人になって働いている。
今はコロナであまり外には出られない状況。僕は東京に住んでいるけど、まあまあやばい。
リモートワークを終えたお昼。お昼ご飯を用意するのもめんどくさいと思い、コンビニに何か買いに行くことにした。
今は4月なのに、結構寒い。
少し厚めのパーカーを着て、外に出た。
桜はもう散ってしまっている。
「お花見したかったな...」
そんなことを呟きながら、コンビニまでの道を歩いていると、ふと、見覚えのある後ろ姿があった。
茶色くて、肩までかかる髪に、イチゴのヘアピン。
葵ちゃんだ。
僕は葵ちゃんらしき人物に駆け寄った。
「ねえ、もしかして、葵ちゃん?」
その女の人は、僕の方を振り返った。
マスク姿でもわかるくらい美人だ。
「えっ!まさか、健二くん!?」
「う、うん」
「久しぶりだね!」
「13年だから、久しぶりではないと思うけど...」
そんなふうに、少し雑談をすると、葵ちゃんが言った。
「...ねえ、あれ、描いた?」
「?あれ?」
「あ、ううん、気付いてないなら良いよ...」
葵ちゃんは、少し急いでいるのか、足早に去っていった。
茶色い髪に、桜の花びらがくっついた。
「あれって、なんだろ」
昼ご飯のコンビニ弁当を食べ終わって、呟いた。
「まあ良いや。仕事終わらせてから、また考えよう」
僕が食卓から立ち上がると、後ろの本棚から、どさどさどさっ!と本が崩れてきた。
「...マジかよ...」
まだ仕事を始めるまで時間はあるし、ちょっと整理しようと、弁当のゴミを捨てて、本棚に戻ってきた。
「こりゃ...やってくれたな...」
床のあちこちに本が散乱していた。完結した進撃の巨人が乗っている雑誌がある。足の踏み場もないように見える。
「片付けるかあ」
僕は本の沼にしゃがみ込んだ。すると、
「おっ!懐かし〜」
あの思い出のスケッチブックが、顔を覗かせていた。
僕はそのスケッチブックを拾って、パラパラとめくった。
「あ〜。懐かし〜な〜」
太郎君のイラストが、ずらりと並んでいる。
だが、途中から、何も描いていないページばかりになった。
中学に入ってから、絵を描くのをやめてしまったのだ。
僕はそのまま手を止めず、ページをめくった。
表紙の肌触りが心地よく、いつまでもめくっていたかったのだ。
やがて、最後のページになった。すると、最後のページに、何か封筒が貼り付けられていた。
「なんだこれ」
封筒の中には、手紙が入っていた。
その手紙には...
『健二君へ
健二君って、絵がうまいね!
今度、私の顔も描いてくれるかな?
いつでも良いから、描けたら見せてね!
葵』
僕はあの思い出のスケッチブックを抱え、冷たいアスファルトの上を歩いていた。前まで僕は猫背だったけど、今は胸を張って、堂々と歩いている。
太郎君を描いた時よりも時間をかけて描いた葵ちゃんの絵。
何も描いていないページに、丁寧に、丁寧に、何時間も、何日もかけて、大人になった葵ちゃんの顔を描いた。
大人の葵ちゃんに会った時、葵ちゃんはマスクをつけていたけれど、自然と顔が思い浮かんで、スラスラと描けた。
きっと、文句のつけようのない絵になっていると思う。
葵ちゃん、13年も待たせてごめん。
その代わり、丁寧に描いたよ。
これが僕の、13年越しのこたえだ。
終わり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?