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イノベーションを生み出す「デザイン思考」

ビジネスの世界でも「デザイン思考」や「デザイン経営」といったキーワードを耳にするようになりました。そして、不確実性の高い現代において、イノベーションを生み出すための方法論として注目されているのが「デザイン思考」です。

Schooの人気授業『超解説「デザイン」思考 ─不確実性の時代にチームで成果を出す─』でも講師を務めるアイリーニ・マネジメント・スクール代表・柏野尊徳さんに「デザイン思考」の可能性、ビジネスパーソンが学ぶべき理由を聞きました。

※Schooでは、6月から「デザインのカードを持とう」をテーマに、現代のビジネスパーソンに必須のスキルとして「デザイン」にまつわる授業群をパワーアップさせていきます。

「誰の視点に立つか」が変わってきた

──近年、ビジネスの現場でデザインの重要性が叫ばれているのはなぜでしょうか?

経済的な側面と社会的な側面があると思います。

経済的な側面から話すと、企業が今まで「企業視点」で物やサービスを作っていて、それだと売れなくなったということ。20世紀的というか、モノが足りていなかった時代は、それでも成立していたんです。

例えば20世紀に普及していた家庭用の固定電話ですが、本体の色といえば「黒」でした。それでも爆発的に普及していった。あくまで「家から電話できること」の素晴らしさを伝えれば売れていたんです。もしも当時、販売店に行って「青とかピンクとかはありませんか?」と聞いたら、スタッフに笑われたかもしれません。この黒色というのも、素材着色の都合だったので、製造プロセスという企業視点が理由です。

しかし、技術がこれほど素早く進化し人々のニーズも多様化していく21世紀では、こうした企業視点のままでは、ビジネスも上手くいかなくなってきています。

──もう一方の、社会的な側面というのは?

デザインの世界の言葉で「Wicked Problem」という言葉があります。「やっかいな問題」とか「入り組んだ問題」という意味になりますが、そうしたものが増えてきました。

近年の例として挙げるなら、環境問題ですね。経済活動を行う企業も責任を持って取り組んでいかなければならないのですが、そこには会社やブランドとしてのスタンス、お客さんの使い心地、そして利益にも関わってくる。

2021年9月にスターバックスが、紙のストローを採用しました。素晴らしい取り組みですが、お客さんからは「口当たりが悪い」「美味しく感じない」といった声もある。まさに入り組んだ問題の一つの例です。

──デザイン思考はそうした「やっかいな問題」の解決に有効ということですか?

はい、一つの視点として有効だと思います。僕はデザインを「問題発見と解決」と定義しています。「なるべくシンプルにする」とも言い換えられます。

そのために重要なのが「関係性」を考えること。モノとモノの関係性、人とモノの関係性です。例えば、小学校の机とイスを想像してください。児童がお昼に掃除をする時、イスをひっくり返して机の上に乗せると思うんですけど、ちゃんと乗せやすいように平らになっています。

もっとビジネスの世界の話をすると、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズが実現したことは「テクノロジーをもっと身近にする」だったと思います。iPodやiPhoneはすごいテクノロジーが詰まったモノですが、テクノロジーのことがわからなくても生活者がとりあえず使ってみたくなる、あるいは使えてしまうツールでした。

もちろん、それまでの携帯電話に比べて、見た目もクールでスマートに見えたので外観に対する言及が発表当時は多くありました。しかし、見た目よりも本質的なのは「テクノロジーを身近にする」という大きな視点で、テクノロジーと人間の関係性を変えた点にあります。

──「ビジネスは問題解決、課題解決である」というのは、昔から言われていると思うのですが。

もちろん「何か困りごとを解消するからビジネスになる」というのは何も変わっていません。ただ、大きく違うのが「視点」です。これまでの問題解決は、企業視点の要素が大きかった。極端に言えば「利益を生む商品を作る」という課題に対して、携帯電話がなかった時代は企業視点で「製造しやすい」「売りやすい」携帯電話を出せば良かった。

一方で、デザイン思考の中には「人間中心」で考えるという思想が含まれています。企業ではなく生活者やお客さんの視点に立ちながらプロダクト開発や事業展開をするということです。

ビジネスの課題よりもさらに利害関係者が多様な社会的な問題に対しては、そのコミュニティや組織の都合、もしくは特定の“偉い人”の視点ではなく、そのコミュニティに属する人々の視点で考えていくということ。新たな政策や法律を考える時、「それによって喜ぶ生活者は誰なのか」を見落とさないようにする。これも「人間中心」で問題を捉えるということです。

企業視点のままではイノベーションは生まれない

──顧客の視点に立って、本当に喜ばれるものを提供しなくてはいけないということですね。

製品やサービスを生み出し提供することは、すでに多くの企業が何十年も実践していますし、それ自体は得意なんだと思います。しかし、顧客や社会が今抱えている問題の捉え方が間違っていると、既存の製品やサービスだけでは解決に至らないケースが出てきます。

かつて、自動二輪車のセグウェイという製品が発明されました。「体を傾けることで好きな方向に動き出す」という優れた技術が詰まった乗り物でしたが、残念ながら2020年に生産中止となってしまいました。

交通の問題や法律面など、要因はさまざまあると思いますが、サイズの大きさや持ち運びの問題、もっと言えばそもそも乗る人が「怖い」と感じたりと、普及に至るには「お客さんが、これを本当に使いたいと思うのか」という点が欠けていたのではないかと考えています。

逆に“破壊的イノベーション”として挙げられる例では、Instagramがわかりやすいでしょう。

Instagramが登場する前から、写りの良い写真だけを選んでSNSにあげる行為は日常的にありました。それは必然的に「綺麗な写真を見せたい」「写真を綺麗に加工したい」という潜在的なニーズにつながります。ただ、Photoshopを使って自分で加工したり、専門業者に頼むとなると手間やお金もかかるし、“やり過ぎてダサい”と思われるかもしれません。

しかし、Instagramはおしゃれなフィルターをいくつか選び、手軽に加工できるものを提供したら大ヒットした。Photoshopに比べたら、出来ることははるかに少ないのですが、ここでの「お客さん」にとって、クオリティーがプロレベルである必要はなかったんです。

「誰のための問題解決か」が考えられたイノベーション、まさに「人間中心」のアプローチだと言えます。

──技術は「どう生かすか」の方が重要だと感じる事例ですね。

日本では、「イノベーション」という言葉の訳は「技術革新」として政府の『経済白書』にて1956年に紹介されています。数十年前まではそれでも違和感がなかったとは思いますが、Instagramのように技術的に既存製品に劣っていても、顧客価値が新しければそれはイノベーションです。

英語本来の「イノベーション」が「新しいアイデアや方法の活用」を意味するように、技術自体ではなく技術の新しい使い方に目を向ける必要があります。

そして、技術やスペックの向上だけでは達成できない、本当に価値のあるイノベーションを目指す時、「人間中心」で考えるデザイン思考は相性がいいですし、有効な武器になり得ると思います。

デザイン思考を身につけるのは「実践」が最適。使える場面は意外に多い

──企業として、お客さんの「視点」や「関係性」を考えることが大切なのはわかりました。一人のビジネスパーソンにとって活かせる点はありますか?

これまで商品とお客さんの関係性について話をしてきましたが、「やっかいな問題」はさまざまな場面に潜んでいます。

社会の多様化と、AIやテクノロジーの進歩の両方が進む以上、今後、人々は多くの「やっかいな問題」に向き合う必要が出てきます。ビジネスでも、一人では解決できない問題に対して異なる意見を取り入れ、異なるバックグラウンド、経験を持つ人と協力して解決していくことが増えるでしょう。

そんな時、デザイン思考で枠組みを設けてあげる。一つの共通言語として「お客さん視点でやりましょうね」「そのためにこういったプロセスで進めていきましょう」と整理できるだけで、仕事は進めやすくなるでしょうし、生産性も高まっていくと思います。

──デザイン思考は、ツールのように「学んだら明日から使える」ものではないと思います。どのように学んでいけばよいのでしょうか?

スポーツと同じで「こういう風に投げれば上手くいく」と聞いてすぐにできるものではありません。理論やフレームワークの理解も役に立ちますが、実践するのが一番です。

たとえ商品やサービスを考える役割でなくても、「自分の都合でなく、相手の視点で物事を捉え直す」「人と人の関係性がより良くなるように考える」など、活かせる場面は身近にもたくさんあるはずです。

思考法や方法論なので「どう使うか」が大切になってきますが、まずは関連する本をいくつか読んでみても良いですし、ワークショップ型の学習も効果的だと思います。

基礎知識を取り入れるのであれば「デザイン思考とは何か?」に向き合った僕の『超解説「デザイン思考」』の授業や、デザイン思考の考え方やプロセスを仕事術・ノート術に落とし込んだ『地頭が劇的に良くなる スタンフォード式超ノート術』の書籍もおすすめします。

みなさんのご自身の仕事のあらゆる場面で、視点の切り替わりを感じたり、新たなイノベーションのヒントになってくれれば嬉しいですね。

取材・編集=富澤友則

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