【週刊日記】できること、できないこと、できたこと# 9
文章を書くことはいつも勉強だ
最近、近くに文章を上手に書ける方を発見し、いろいろお世話になっている。考えてみれば、自己流で文章を書いているのであるから、自分に気付かない癖や言い回しに気付かされる。自分が的確に伝えるよりも、回り回って伝えようとしてることにも気付かされた。SNSが発達した社会において、最初の何行かでしっかり掴むことは重要になってくることも教えられた。私は作家やライターに憧れている部分もあるので、起承転結を意識してしまうが、その意識がどこに載せるかによって変わってくることを意識して書く時代になった。私もこれに順応して作文をしていこうと思う。私は、言語が不自由である分、文章で伝えることが重要になってくる。だからこそ、文章を書くというトレーニングを怠ってはいけないし、誰かから教えられたら謙遜になって受け入れていくことが大切になってくる。文章を書くことはいつも勉強である。
「命について」を考える3月
春の強風と、突然の雪は嫌な思い出しかない。私にとって3月は悲しい季節になってきてる。3月は、いろんな人を亡くしている。宮城の海沿いで生活しているので、東日本大震災もしっかり経験できた。震災が起きたとき、宮城では予報外れの雪が降った。地震で揺れ落ちたがれきに、雪が降り積もる光景は、「不安」と「恐怖」を覚える。今年で11年経つとは言え、あの時の怖さははっきりと覚えている。人それぞれどのタイミングであの震災を経験したかによって感じ方は変わってくるのかもしれないが、私は「不安」と「恐怖」だった。もちろん私より大変な思いをされた方はたくさんおられるから、自分がとても苦労したみたいなことは書くことはできないが、11年経って思うことは先に述べた気持ちをきちんと残し、今後に役立てることであると思っている。人それぞれに、東日本大震災があると思っている。確かに自宅はそんなに被災しなかったし、私は家族を亡くすこともなかった。でもね、周りを見渡せば甚大な被害あって、知り合いの方の家が流されたり、ご家族をなくされたお話を聞くことだけでも、私は十分心が痛んだ。時に、「ご自宅は被害がなくてよかったですね」とお声をいただくが、実はそういう問題でもない。あの日私は確かに、家や家族を失った当事者ではないが、どこかで心が痛み、どこかで「寄り添いたい」と思った11年前の気持ちを今でも覚えている。
命に重みがあるなら
後に書くかもしれないが、私の歩みの中で3月はいろんな人を亡くしている。そう、「命」を意識する季節である。そんな今年は世界では戦争をしている。もちろん双方に主張があってそれを解決する手段として、こうした選択をしているのであるが、兵士にも市民にも、それぞれに家庭があり、人生がある。それを一発で壊す権利なんて、誰にもなく、それは全うされるものであると私は思っていたい。自然災害で命を失ったとき、あんなに悲しんだのではないだろうか?パンデミックによって正体不明の病気で命を落としたとき、周りは悲しんだのではないだろうか。命は1人に1つしかない。その重さについて考えたときに、争いによって奪うなんて非常に悲しいことだ。もちろん世界の問題をここで論ずることはしないけど、命は皆に1つしか与えられたものであるなら、他者が奪うことはあってはならないと私は言いたくなる。