『THE FIRST SLAM DUNK』の生観戦記
※本編ネタバレ含みます
SLAM DUNKといえば、日本でバスケをする人はもれなく全員読んでいるといっても過言ではないほどの超有名作品である。
小学4年生からミニバスを始めた私は、そのSLAM DUNK信仰に何故か意味もなく抗ってきた。
そして、中学時代のバスケ部顧問に原作を知らなくても、これだけは読むようにと勧められた本が、大谷翔平選手の愛読書としても知られる『スラムダンク勝利学』だった。
薦められるがままに読んだその本が、私の中のSLAM DUNKの全てだったのだ。そんな私はこの夏、20年ほどの時を経てSLAM DUNKのページをめくった。
昨年の12月から劇場公開が始まった『THE FIRST SLAM DUNK』は、9ヶ月のロングランを経てついに終映を迎えようとしている。
「絶対に劇場で観るべきだ」というファンからの熱い声が多く聞かれる中、私はなかなか足を運べずにいた。
原作を読んでから観に行こうと思いながら、ついに8月まで引っ張ってしまっていたのだ。
いよいよラストだというところで、やっと観に行ってきたので、遅ればせながら私の感想を綴りたいと思う。
約30年ぶりの復活ということで、公開前から注目を集めていた『THE FIRST SLAM DUNK』。
その公開までの宣伝も異例で、内容についても前情報がファンたちに知らされることはなかった。
誰もが知っている原作ストーリから考えても、内容を予想し難いティザーが公開され、のちに声優陣の変更が告知された。
公開当日、何もわからぬまま映画館に足を運び、この映画を見せられたファンたちが衝撃を隠しきれなかったことにも今更ながら頷ける。
SLAM DUNK原作漫画のあらすじ
赤髪がトレードマークの不良少年だった桜木花道は、湘北高校入学後、バスケ部キャプテンの妹、晴子への一目惚れをきっかけにバスケを始める。
バスケ部の同学年には神奈川県新人王として有名で、晴子の憧れの人物でもある流川楓(SF・スモールフォワ―ド)が在籍しており、桜木が勝手にライバル視したことで度々衝突を繰り返す。
全くの初心者である桜木は素人ながらも持ち前の運動神経と突飛な性格を武器に、予想外の隠し球選手としてチームに貢献していくこととなる。
そうして、2年生で神奈川県内5本の指に入ると称される宮城リョータ(PG・ポイントガード)
3年生で元中学MVP選手であるシューター三井寿(SG・シューティングガード、GF・ガードフォワ―ド)
同じく3年生でキャプテンの赤木剛憲(C・センター)などのスタメンたちや、
3年生で赤木の親友でもあり、副キャプテンの小暮公延(SF・スモールフォワ―ド)率いるチームメイトと共に、全国制覇を目指す。
強豪校たちを打ち破り、インターハイへの出場権を勝ち取った湘北は、2回戦でインターハイの覇者である王者山王工業高校と対戦することになるのだが。
今回の作品で注目したい点は大きく2つある。
①まるで生で試合を観戦しているようなリアルな映像
②誰も今まで知らされることがなかった宮城リョータの人間像
本当は各キャラクターの葛藤や、細かい表現についてなど、素晴らしい点はあげたらキリがないのだが、特に心に残っているこの点に注目しながら振り返っていきたい
①まるで本物の試合を見ているようなリアルな映像
今作での試合シーンがあまりにリアルであり、モーションキャプチャーという人間の動きをそのまま絵に落とし込みアニメーションを作る技法が最大限活かされているということは、公開当時から話題になっていた。
実際にバスケット選手をモーションアクターとして迎え、キャラクターの細かい動きまで、バスケット選手のそれを反映させて作られている。
ぬるぬると妙に立体的に動く、モーションキャプチャーを使った映像に苦手意識を持っている私でも、SLAM DUNKについていえば、井上先生の絵がそのまま動き出したような、まるでキャラクターが生きているような仕上がりで、諸手を挙げて楽しむことができた。
特に私は学生時代PGをしていたので、宮城リョータの視点から見える選手の様子が驚くほどにリアルで、この視界、知ってる!と感動してしまった。(もちろん湘北メンバーのように素晴らしいプレーをしていたわけではない)
ボールから離れた場所にいる選手たちの動きも、攻撃の隙を作るための戦術として理にかなったものばかりで、まるで生の試合をベンチから観戦しているかのようなのだ。
涼しいはずの映画館がやけに暑く感じ、じんわりとした汗が止まらなかった。
私はバスケを中学で辞めている。バスケを楽しいと思えなくなってしまったのが原因だった。
今思えばそのきっかけともいえる出来事は、試合でボールを自陣のゴールがあるフロントコートまで運ぶことができない日々が続いたことだった。
作中でリョータは山王のオールコートプレスという自陣のゴール周辺だけでなく、コートすべてを守る戦法に苦戦してボール運びができなくなってしまう。
「ここはあなたの舞台ですよ」という監督の言葉や、マネージャーの彩子に背中を押され、彼は見事敵のダブルチーム(1人を2人がかりでディフェンスする戦法)を自らの力で突破していく。
あのシーンが私にはあまりにもリアルだった。
ダブルチームで囲い込まれ、パスを出す相手もいなければ、自分で突破することもできない。Gの仕事はオフェンスでのゲームメイクであるはずなのに、フロントコートにボールを持っていくことすらできない。
加えて私の場合、弱小チームであったため、誰からの助けもなく、自分自身の実力不足で突破することもできなかった。
そんな日々が続き、もがきながら練習を重ねるうちに少しずつとバスケへの思いが冷めていった当時の苦しい状況と、記憶を私に思い出させるほど、映画ではリョータの葛藤が鮮明に表現されていた。
とても驚いたと同時に、それは私のトラウマのようなものを思い起こさせた。
今回、SLAM DUNKを絶対に劇場で観てくれと私を連れ出してくれた友人は、バスケ部時代を共に過ごした仲間だ。
彼女は作中、リョータのミニバス時代のコーチがコートの外から叫んでいた「誰が誰みてるの!」というセリフを聞いたとき、かつての私たちのコーチからの指摘を思い出し震えてしまったのだとか。
私を含め、経験者が自分自身の記憶を呼び起こしてしまうほど、今作の映像と細かい表現がリアルであるということだ。
一度でも部活動でバスケを経験したことがある人はきっとみんな各々抱える感情こそ違えど、あの日々を思い出しながら映画をみることになるだろう。
②誰も今まで知らされることがなかった宮城リョータの人間像
映画の冒頭から観客の頭には?が浮かぶ。幼い宮城リョータとその兄が野外コートでバスケをしているシーンから始まるのだが、
リョータは沖縄出身なんですか?初めて聞いたんですが。というのが真っ先に思い浮かんだ言葉だ。
流石に前情報を極力入れないようにしていたといえど、舞台が山王戦であり、リョータ目線で物語が描かれていることくらいは知っていた。
それにしたって最初から知らない情報すぎる。原作を読んだばかりにも関わらず、読み飛ばしたかと心配になるほどの戸惑いだった。
その後もリョータにはバスケットが上手な兄がいて、海の事故で亡くしていること。
その一件から逃げるように、家族で関東に越してきたこと、母との関係が兄の死以降こじれていること、かつて兄が対戦を夢見た山王という学校に強い思い入れがあること、また、連載時にもリョータが途中からつけ始めた赤のリストバンドについて、ファンの間で話題になったようだが、まさかそれが兄の形見の品だったということ。
このように誰も予想していなかった物語が続々と登場する。宮城リョータのバスケ部への入部理由は彩子に一目惚れしたからということになっていたが、バスケに対して、生きるための唯一の拠り所となるほどの強い思い入れがあったなんて。
宮城リョータというキャラクターの印象が30年の時を経て大きく変わった瞬間だった。
リョータの兄については読切作品『ピアス』で触れられていたようだが、本編しか読んだことがない私のような視聴者はたくさんいたのではないだろうか。
原作では、山王工業高校を目標に全国を目指してきたという赤木のエピソードがあり、山王に特別な思い入れがあるのはむしろキャプテンである赤木の方であるという印象が強かった。
しかし、今作ではそこにはほとんど触れることなく、リョータ視点での山王戦がスタートする。
個人の詳細なエピソードが原作ではほとんどない宮城リョータが、これほどまでに大きな過去を持ち、現在もその過去と戦っていた事実こそ、本作の最大の見せ場であり魅力なのだ。
山王戦は原作でも一番の大山場として描かれ、作者もこれ以上の試合はもう描けないだろうといって連載の幕を閉じた。
そんな山王戦を全くの別角度から再度描き切ったのだから井上先生の信念を感じる。
私なんかはついこの間漫画を読んで得たばかりの情報への上書きだが、昔からのファンからすれば約30年間知らされなかった事実が突如として描かれたわけだ。
これはもっと昔からSLAM DUNKを読み、強い思い入れを持ちながら、満を持して公開された映画でこの衝撃を体験したかったと思わずにはいられない。
おわりに
連載終了から30年近い時を経て公開されたSLAM DUNKはバスケという日本ではさほど人気のないスポーツを題材にしたアニメにも関わらず、日本の映画界に名を残す大ヒットとなった。
(日本では興行収入150億円を突破、海外では千と千尋の神隠しをも超して、1億4000万ドルに届きそうな勢いだ)
私はこの物語を読み始めるまでに長い時間がかかったが、この作品に今このタイミングで出会うことができて本当によかったと思う。
SLUM DUNKの登場人物たちを通して、もっとこんな風にバスケと向き合えばよかった、まだこんな頑張り方があったのかもしれないなどと、考えることももちろんある。
しかし、挫折し、バスケから離れた過去の自分があったからこそ、葛藤する登場人物たちに思いを馳せながら映画を観て、自分にはできなかったことに立ち向かう姿に心を打たれたのだろう。
そして、宮城リョータという視点から描かれる劇場版を観られたことで、私は幼いころ大好きだったバスケを純粋にもう一度楽しむことができるような気がしているのだ。
まだ劇場でSLAM DUNKを観ていない人はぜひ最後に劇場へ観に行ってみてほしい。配信を待てばいいかと思っている人もいるかもしれないが、この作品を映画館で観ることには大きな意味がある。
今回は触れなかったが、オープニングの絵が動き出す演出や音の使い方など本当に細かく作り込まれていた。回数を重ねるごとに見えてくる細かい表現がそこにはあり、これは間違いなく大画面と高性能スピーカーで体験しなくていけないものなのだから。
今年はバスケのW杯が沖縄を舞台に行われている。
日本でのバスケは海外と比べるとあまりメジャーなスポーツとはいえない。しかし、今年はSLAM DUNKのブームによってかつてない程にバスケが盛り上がりを見せている。
昨日行われた第2戦目のフィンランドとのゲームは、まるでアニメの世界にでも入り込んだかのような展開で、誰もが手に汗握るナイスゲームだった。
約10点差で迎えたハーフタイム、きっとSLAM DUNKを観たひとは気付いただろう。後半開始直前にコートに流れていた曲は劇場版主題歌である『第ゼロ感』だった。
その曲と共にスタートした後半で、見事な追い上げを見せ、日本チームは大逆転勝利を収めたのだ。この先もSLUM DUNKがもたらしたバスケ熱がAKATSUKI JAPANの追い風になることを願っている。