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25.設計製図第3

3年生になって設計製図の課題はさらに本格的且つ大規模化していく。最初の課題は青山に建つオフィスビルだった。オフィスビルという建物は、機能がかなり優先される生産のための建物で、個人住宅みたいに設計にあたってはそれほど遊びの要素は入れられない。テナントビルとなると、そこから収益を上げることが重要になるのでなおさらである。賃料収入によって運用されるレンタルオフィスはさらに、慣例としてオフィス賃料は面積あたりによって表されるため、レンタブル比(有効比、貸室面積比とも)が、オフィスビルの収益力の評価指標として重視される。レンタブル比は、ビルの延床面積に占める賃貸可能な床面積の割合を示すものである。レンタブル比を最大に取るため、平面計画も自ずと縦動線(階段室やエレベータ室、避難設備等)と電気、空調、衛生等の設備配管などを集めたコアを持つ形状が典型となる。平面構成要素としては、執務室に先述のコア、トイレ、洗面所、湯沸室などのサービススペースを加えたシンプルなものとなるのは仕方がない。
それでもデザイン第一主義のような他の学生は奇抜なデザインの作品を提出するものも多かったが、私はどちらかと言うとリアリストで、機能とシステマティックを追求するところがあって、それゆえに無難なオフィスビルの設計になってしまった。面白みがないと言われればたしかにそうだが、建築というものは面白ければいいというものでもないと思う。それに、私のデザインの趣味はバウハウス直伝のモダニズムの機能的な美しさである。ただ、オフィスビルに求められる機能というものも時代とともに変わっていく。それはオフィスに限らず、どの建築にも言えることだろう。
昨今のコロナ禍におけるリモートワークの進展や、ワーケーションと呼ばれる働き方の変化に伴って、オフィスビルの必要性といったことも議論される時代になったが、私が学生時代だった30年前は、そんな時代の変化を先読みすることはできず、最新の流行としては、近代的な設備を備えたオフィスビルはインテリジェントビルと呼ばれるオフィスビルが話題になっていたくらいである。オフィスワークのOA化の波は、執務の実態を大きく変化させ、その受け皿となるオフィスビルにも対応が迫られる。1990年代以降、OAフロア、もしくはフリーアクセスフロアと呼ばれる二重構造の床上げシステムを設けることで、OA機器の配線を床下へ納める仕様が普及した。現在では、多くの職場環境において採用されている。OAフロアの床は、耐加重のある構造体の上に50cm角のパネル状床材を敷くようになっており、一部のみの配線のやり直しも容易であり、機器の世代交代、ネットワークの再構築など、躯体に対して極端に短い電気通信設備の交換サイクルに対応可能なものとなっている。しかし、こうしたインテリジェントビル特有のデザインを表現するのはなかなか難しく、また、私のデザイン力不足も単調な作品を作ってしまった原因でもある。
設計にあたっては、今は2年生の時に建築法規の授業があるようだが、私の頃はなかった。だから課題の製作も、建築法規に関しては無視していいと言われた。だが、大学を卒業し、建築設計を仕事にするなら、この建築法規とは辞めるまで嫌というほど付き合っていかないといけない。建築法規で一番身近なのは建築基準法で、この法律の下に建築基準法施行令・建築基準法施行規則・建築基準法関係告示が定められており、建築物を建設する際や建築物を安全に維持するための技術的基準などの具体的な内容が示される。
学生が例えばオフィスビルのような建築を設計する場合に建築基準法を意識するとすれば、建築基準法の集団規定にある建ぺい率・容積率、斜線制限、日影規制あたりだろう。
建ぺい率とは、敷地面積に対する建築面積(建坪)の割合のこと。防火上と住環境配慮目的がある。都市計画で用途地域毎に30% - 80%の範囲で制限が定められている。建築基準法上、原則として指定建ぺい率を上回る建築面積の建物を建ててはならないことになっている。例えば、100坪の土地で建ぺい率が60%の地域の場合、最大60坪(100坪×60%)の建築面積の建物を建てることができる。
容積率とは、建築基準法第52条で規定されている敷地面積に対する建築延べ面積(延べ床)の割合のことで、指定容積率と基準容積率がある。道路等の公共施設の能力に対応した機能の維持と増進を図る狙いがある。容積率は、都市計画で用途地域毎に50%~1300%の範囲で制限が定められている。建築基準法上、原則として指定容積率を上回る延べ床面積の建物を建ててはならないことになっている。例えば、50坪の土地で容積率が200%の地域の場合、最大100坪(50坪×200%)の延べ床面積の建物(1階40坪、2階30坪、3階30坪のような)を建てることができる。ただ、建築基準法上の容積率の取り扱いは時代によって変わり、1994年の建築基準法の改正により、集合住宅の共有部分や地下室の一定部分は、容積率の算定に含めないことができるようになった。
斜線制限は建築基準法第56条で定められており、制限される高さの算出方法は、用途地域などによって異なっており、種類としては、道路斜線制限、隣地斜線制限、北側斜線制限の区別がある。ちなみに、2003年の建築基準法改正では、新たに高さ制限に天空率という概念が盛り込まれたことから、これが斜線制限に適合する建物と同等以上である場合には、例外的に斜線制限の適用を除外されることとなった。
日影規制は、日照を確保することを目的した、日影による建築物の高さの制限であり、建築基準法別表第4に定める区分に従い、冬至日において建築物が真太陽時による午前8時から午後4時(北海道の区域内においては午前9時から午後3時)までに発生する日影の量を制限することで建築物の形態を制限する。商業地域、工業地域、工業専用地域では基本的に日影規制の適用がないが、これらの地域にある高さ10 mを超える建築物について、規制の対象区域に日影を発生させる場合は日影規制が適用される。具体的には敷地境界ないし前面道路の中心線から、5m・10mの測定ラインを設定してその周囲の地域の都市計画図に基づき、規制区域(規制時間・測定高さ)における日影の等時間図の曲線がそのラインを越えないように建築物の形態を制限する。しかし、5m以内にある隣地の日照は考慮されず、また、建物を塔状に設計すれば容易に規制内に納めることができるため実効性が少ないとの論議が法の制定時からある。
3年生の時の設計製図第3の課題は他にもいくつかあったが、特記すべきなのはグループで集合住宅の設計をやったことだろうか。私的にはこういうグループ作業が非常に苦手だった。とくに、私のグループの他のメンバーはまあ、はっきり言ってデザイン至上主義というか、敷地は多摩ニュータウンにあるまとまった広さの敷地で、数棟の集合住宅を配して一団地を形成することになるのだが、全体計画を考えるとき、建築としての整合性を無視して、模型というかブロック遊びに始終しているところがあって、それを図面化する課題提出前の徹夜作業の時は苦労させられた。大学を卒業して入社した総合建設コンサルタントの設計部では、分譲・賃貸のマンションの設計がほとんどで、こういう集合住宅の設計では、テナントオフィスビル同様の収益性が極限まで求められるため、デザイン遊びは許されず、しかも建築法規ギリギリの闘い、例えば、容積率が200%のところ、199.99%の設計をしたり、日影規制に1分しか規制をクリアしていない建築を設計するとかが毎日の仕事になったのだが、この大学3年生の時の集合住宅の課題は、はっきり言ってなんの勉強にもならなかった。
課題の設計にあたっては役割を分担した。私が担当したのは個々の住戸の設計だったので、とりあえず全体計画は置いておいて、終の棲家としての集合住宅を考えて、家族の成長や、それに伴う家族構成の変化や暮らし方の変化に対応する平面計画を考えて、2世帯住宅まではいかない1.5世帯住宅の集合住宅版みたいな計画として、ファミリータイプの住戸に1R住戸を付属させ、隣同士で内部でも行き来できる代わりに、独立した玄関を2つ持つ住戸を考えた。ある程度の完成系に近い平面図もできていたのだが、この計画、他のメンバーから私の独断専行を非難されることになって、結果としてブロック遊びのなんの変哲もない長方形ブロックの平面計画にならざるを得なくなった。集合住宅の設計では、上下の住宅の給排水や電気・ガスなどのライフラインの設備を集約してパイプスペースや設備的な機能性を求められるとことであるが、ランダムというか無秩序なブロック遊びが元になった全体計画ではそんなことは考慮されることはない。だから建築としての整合性のない全体計画になったほか、全体の平面図や立面図を描くことになっていた他のメンバーはそれを図面化することができない。自分の仕事を早めに終えていた私が手伝うことになったのだが、はっきり言ってグチャグチャなできになってしまった。課題提出後の講評=プレゼンテーションの時も、そのへんを先生から鋭く突っ込まれることになり、総合的には未完成的な評価になった。唯一、2年生のときの設計事務所でアルバイトしてちゃんとした図面の描き方を会得していた私の個別の住戸の平面図・断面図だけが、「これは使えるな」って評価されるに終わってしまった。

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