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18.ドラッグ事件

Yちゃんを自転車の後ろに乗せて釜ヶ崎に行くのが習慣化していた時期が数カ月続いただろうか、小杉クリニックの担当のケースワーカーから年末年始の過ごし方を聞かれた。そして、Yちゃんと一緒に過ごしたことが分かった途端に病院は大騒ぎになった。
私は見ていないのだが、Yちゃんのカルテには私とドラッグパーティーを行ったと書かれていたらしい。しかし、それは事実ではない。病院側の一方的な判断で結局処分されることになってしまった。AAでも断酒会でもミーティング以外での個人的な付き合いは忌避される。それは依存症者同士で共倒れになるからである。小杉クリニックもその方針を取っていたのだろう。だから大騒ぎになったのだ。
早速、私はデイケアを辞めさせられ、Yちゃんとの付き合いを避けるために、大阪の南東の柏原市にある系列の小杉記念病院に身柄を移されることとなった。そして大阪市内のマンションをそのままにして奈良の生駒市にある実家に連れて帰られてしまった。祖父母が使っていた座敷で寝起きする生活がしばらく続くことになった。実家なので大っぴらに飲酒するわけにはいかない。両親が寝静まってからこっそりと梅酒を飲んだ。しかしこの程度では酔えない。少量のアルコールで酔うために向精神薬が必要だった。
小杉記念病院に初めて診察に行ったとき、約束したのは向精神薬と一切の縁を切ることだった。また、小杉記念病院も天王寺の本院と同じく、まず数ヶ月間は、毎日通院することで飲まずに生活する習慣をつけさせるのが必要であるというのが病院のポリシーらしい。だから、私も実家の近くのバス停でバスに乗り、近鉄学園前駅で近鉄電車に乗って布施で国分行各駅停車に乗り換え、柏原市の堅下駅まで1時間以上かけて通うことになった。
そんなある日、小杉記念病院の医師の診察は午前中の早い時間に終わり、午後からのアルコール講座やミーティングが始まるまで2時間くらいの空き時間ができてしまった。ぼんやり物思いに耽っていると、以前、小杉クリニックのデイケアのプログラムでこの病院に来たことがあったと思いついた。その時は天王寺から大和路線に乗って柏原駅で下車して5分くらい歩いたら辿り着いたので、JR柏原駅まで近いはずである。そして大和路線に乗ったら新今宮に行ける。新今宮は釜ヶ崎の玄関口の駅である。2時間あれば釜ヶ崎に行って帰ってこられる。こうしてまたもや向精神薬に手を伸ばしてしまった。
しかし、このことが発覚するのも時間の問題だった。その時、私はデパス10シート(100錠)持っていたが、気が付いたら無くなっている。診察時間が大幅に遅れたため、診察前に釜ヶ崎に行ってデパスを買ってしまっていたのである。一刻も早く薬を手に入れたかった。おそらく待合室の椅子に落としてしまったのだろう。運の悪いことに私がそれを見つける前に病院の事務員が見つけてしまった。
ここで私には2通りの道が開いていた。一つは5000円で買ったデパスを諦める。それなら持ち主不明のままそのデパスは廃棄されるだろう。多少私が疑われても証拠がない。引き続きこの病院を外来受診できる。もう一方は事務員に言ってデパスを受け取る。その後のことは運任せだ。私は後者を選んでしまった。先のことなど計算できないくらい、その時の私は向精神薬を手に入れたかったのである。その結果、事務員からケースワーカーの耳に入り、それが主治医に伝えられた。診察は1分で済んだ。受診拒否である。

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