『オールドファッションド・ミュージック(1)』(「星の歌」アナザーストーリー)
「おいボウズ、ここんとこ毎日来るけど、おまえ楽器なんか弾けるのか?」
あご髭を生やした筋肉質の店員がカウンターの向こうから聞いてくる。弾けませんよ、とぼくは答える。
「なんだよ、じゃ冷やかしか、期待しちまって損したじゃねえか」
わざとらしいため息をついて、カウンターの上で組んだ腕の中に顔をうずめる。
すみませんね期待させて、でもこうやってギターを眺めるのは自由ですよね。そう返すと、店員は顔をあげ、射るような目でこちらをじっと見た。
強面で、頑強そうな身体つき。ちょっと怖い。でも、ぼくは何も悪いことをしてない。まっすぐ彼を見返した。
ちょっとした沈黙のあと、店員はふっと表情をくずし、狭く薄暗い店内に響きわたる声で笑いはじめた。
豪快で底抜けに明るくて、まるで森じゅうの木の実を平らげてご満悦のクマか何かのよう。
その日から、タケルさんはぼくを弟のように可愛がってくれた。
「しっかし、今どき実物の楽器なんて、おまえも変わり者だよな」
ぼくのコーヒーを手にカウンター奥の階段から降りてきたタケルさんが言う。この店に初めて来たのは5日前。コーヒーを淹れてくれたのは、もちろん今日が初めてだ。
二階はタケルさんの住居なのだそう。ま、独身貴族ってやつだな、階段を振り返り、少し寂しげにそう笑った。
「時代は22世紀だぞ? 音楽なんてもうぜんぶ電子データじゃんか、それを今さら木製の楽器だなんてよ……」
そう、ぼくらの住む地球はだいぶ前に22世紀に入った。人類がカジュアルに宇宙旅行に行けるようになってから、100年。
増え続ける人口、どこまでも進化するテクノロジー。一方で食糧とエネルギーは深刻な問題を抱えてる。枯渇する資源に代わる新エネルギーの探索のため、ぼくは数ヶ月前、銀河系の小惑星「ケイタラ」に調査員として派遣された。
「ケイタラ」ではとても不思議な体験をした。新しい友達、侵略者、星を守る戦い……突飛すぎて何のことかわからないよね。その話は、また今度くわしく書こうかな。
「ケイタラ」でともに過ごした地球の仲間たちとは、今もときどき連絡をとり合ってる。調査行以前は何の役にも立たないポンコツだったぼくらは、ケイタラでの1ヶ月を通じてほんの少し成長し、それぞれの道を一歩ずつ進んでいる。
「なぁ聞いてんのか? 時代遅れの楽器に今ごろ興味を持つなんて、変なやつだなって言ってんだよ」
その、時代遅れのギターやベース、ウクレレやヴァイオリンが並ぶ楽器店を営むタケルさんがそんなことを口にする。そのさまがおかしくて、ぼくはコーヒーをカウンターに置いて笑う。
「何だよ、何がおかしいんだよ、おいコラ、コーヒー代払ってもらうぞ」
口をとがらすタケルさんを適当にいなしていると、店の隅で、他の楽器に隠れるようにして立つ一本のギターが視界に入った。
その瞬間、頭の中が無音になった気がした。
気づくとぼくは、引き寄せられるようにして、そのギターに近寄っていた。
淡いクリーム色に塗られたひょうたんのような、柔らかく滑らかなフォルム、すっと伸びたネック。
ああ、それか、と後方からタケルさんの声がした。
「悪いんだけどな、そいつは売り物じゃないんだ、おまえがいくら金持ちでも、そいつは売れないんだよ」
そう言って、申し訳なさそうに頭をかく。けどぼくは、自分がこのギターに夢中になることが、間違いのない未来として、はっきりと予感できた。