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びしょ濡れ飛行練習

 夏だからと油断して飛び込んだ川は案外冷たくて、20分も遊べば2人とも唇を真紫にしていた。寒いと口にした方が負けだと思って何も言っていなかったのに、翔は「樹、寒いでしょ。上がる?」なんて尋ねてくる。眉尻を少しだけ下げて心配そうに繕われた顔の色が白目よりも白いから、「お前の方がやばい顔色してるよ」と笑って2人してタオルにくるまった。

 靴下を濡らしたせいで素足に履いたローファーをかぽかぽさせながらびちゃびちゃに濡れたパンツを片手でぶん回しつつ、ノーパンスラックスの気持ち悪さを語り合う。今日の川遊びは夏休みに行く湘南の予行演習だった。パンツの替えは絶対必要で、靴下はちゃんと脱ごう。あれ、海って水着じゃない?逆ナンとかされちゃうのかな。じゃあかっこいい水着買わなきゃ。今週の土曜は部活の後イオンに行こう。

 話が持ち上がったのは梅雨に入ったばかりの部室で、翔が観ていたテレビの転載動画が発端だった。「高校のうちに行きたいよな、江ノ島」と俺が呟いて、翔のスマホで電車を調べたら3時間15分かかるとわかる。遠いのか近いのかわかんないな、と蒸し暑い中顔を見合わせる。よく見たら片道で3000円かかると書いてあって、やっと遠さを理解した。
 往復で6000円。俺たちは夏のためにうどん屋と寿司屋でバイトを始めることになった。

 水着っていくらすんだろね。逆ナンされるくらいカッコイイやつ。2000円くらい?高橋んちとか水着余らせてそうだよな。でも自分で買いたいよなぁ。俺はともかくお前は無理だろ、なんて
いつもの交差点に辿り着く。じゃあまた明日。

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