起業日記#0004 自己紹介(〜小学校まで)
いつもnoteをお読みいただき誠にありがとうございます!
起業日記#0004は「(改めて)自己紹介」ですー!
基本的にはFacebookやTwitterのフォロワーの方々
(=すでに面識のある方々)
にお読みいただいていたのですが、
起業の発信をしてから
noteのみで繋がっている方が少し増えたので、
今回は改めて、この場を借りて自己紹介をさせてください!
▼浦住俊平ですっ!
千葉県の幕張在住の27歳、浦住俊平(うらずみ しゅんぺい)です。妻1人、息子1人、犬0匹の家族構成でやっています。
そして、今年の6月に生き方改革の一環で起業をしました。(事業内容)
どんなやつと言われることが多いかというと…
仕事などでプライベートのつながりが浅い方にhs「明るくて元気だね!」と言われることが多く、
仲の良い友人からは「一見、明るいけど、何を考えているかわからない」と言われたり、
めっちゃ仲のいい友達からは「そのままで生きてるから何を考えているかは分かり易い」と言われます。
そんな感じの人間です。
そんな中で「よく、そんな動けるねぇ」≒行動力あるねと言われることが多々あります。(褒めているわけではなくて、感想として)
自分では、それを特別なことだと思ってきていなかったのですが、
起業をして自分のことを考える時間が増えて、
確かに「よく動く」という行動特性はあるかもなぁと思いました。
そこで今回の自己紹介では、
今日を迎えるまでどんなイベントがあって、
「よく動くやつ」になったのかを合わせて、ご紹介出来ればと思います😆
▼浦住家の末っ子として誕生
6個上の姉、3個上の兄に続いて、
浦住家の末っ子として福島県で生まれてきました。
そこから2歳で名古屋に行き、7歳で千葉に来て、
それ以来ずーーーーーーっと千葉に住んでいます。
なので、千葉(中でも幕張地区)に強い思い入れがあります。
福島/名古屋時代の記憶がほとんどないので、
どんな子供だったか?家族のLINEで聞いてみたのですが、
泣き虫で手間のかかる子だったみたいです。笑
▼親とのLINE😂 😂 😂
▼打瀬小学校最高っ!
千葉では海浜幕張にある幕張ベイタウンに住んでおり、
打瀬小学校に通っていました。
打瀬小学校はとても自由でオープン校風で、
学校の設計にもその思想が現れており、
フェンスも門もないし、教室にはドアもありませんでした。
(参考になる記事)
振り返ってみても、
本当にいい小学校だったなと思いますし、
いまだに地元の友達と会って話すと自分の子供たちも打瀬小に通わせたい。
と言う友人が多いです。
僕が結婚して、幕張ベイタウンに家を買ったのもその理由が大きいです。
そんな環境と幼少期の自分がマッチして育ったからなのか、
小学校の時は自己肯定感の塊がこじれた目立ちたがり屋で
「○○長」というものにはほとんど全て立候補をしていました。
(応援団長やら、文化祭実行委員長やら、球技大会キャプテンやら、、、)
本当に何を持って、
そんなに自己肯定感があったか不明なくらい、
勉強はテンでダメ、
一方の運動神経も悪くはないけど、学年Topかと言われるそんなことはない…
そんな小学生でした。
ただ、とてつもなく元気で明るい少年でした😂笑
▼少年野球での発見
平日は勉強もろくにせず、学校行事で立候補しまくる傍ら、
土日にやっていた少年野球チームでも活動にも熱中していました。
地元には少年野球チームがなかったことと、
兄が先に野球を始めていたこともあり、
隣町の磯辺シャークスというチームで野球を始めました。
シャークスでは、
チームメイトのお父さんたちがコーチをやってくれていたのですが、
このコーチ方々からも多くの学びをいただきました。
野球経験者で、プレーや指導で貢献してくれるパパ
野球はやったことはないけど、スコアの書き方を覚えて貢献してくれるパパ
色々な本で読んで、心の整え方などを教えてくれるパパ
本当に色々な関わり方をみなさんがしていました。
(今思うと仕事しながら、まじですごいなぁと思います。)
僕の父はどんなことをしていたかというと、、、
別に野球経験者ではなかったこともあって、
プレーに関わるというよりは
「審判」と「雑用」を精力的にやっていました。
初心者なので、ルールブックを読み込んで、
暑い夏も厚手の防具を着て、審判をして、
グランドに生えた雑草を芝刈り機で整えたり、、、
と直接的に野球で関わることはなかったです。
ただ、他のコーチやママさんたちから
「しゅんぺーパパは本当にいい人だね」と言われることが多くて、
それがとてもとても(陰ながら😊)誇りだったのを覚えています。
やれることを一生懸命やっていると褒められる。
ということを父の背中を見てそんなことを学びました。
▼ちょび挫折っ!
自己肯定感の塊だった僕はシャークスでもキャプテンをしていて、
幸いそこそこの結果を出せていました。
何より、とてつもなく元気にプレーをしていたので、
活躍云々は置いておいて、グランド内でも一番目立っていました。
そんなこともあって、
6年生の時に選抜チームに選ばれて、
その中でキャプテンを任せてもらえることになりました。
自己肯定感の塊だったので、
プレッシャーも何もなくものすごく嬉しかったのを覚えています。
しかし、この選抜では試合に出ることはできませんでした。
原因は、シンプルな実力不足でした。
監督さんたちは「元気なやつをキャプテンに」くらいで選出してくれたのかなと思います。
ここまでなんだかんだでうまくいっていたことが多かった中で、
キャプテンなのに、試合に出られない。
このことが、
自己肯定感モンスターだった僕がショックを受けたのを覚えています。
しかし、父のことを見ていて、
「やれることを一生懸命やっていると褒められる」
ということを学んでいたので、
自分にやれること=大声で応援する(ベンチの応援、三塁コーチャー)
ということしました。
試合に勝ったのか?負けたのか?覚えていないですが、
一人のチームメイトから
「あんなに声出せるの本当にすごいな」と褒められたのを意外と覚えています。
この時に「やれることを一生懸命やっていると褒められる」を体験できたのも、とてもよかったです。
チームに戻ってから、
少しは辛抱強く努力ができるようになったと思っています。
▼小学校までのまとめ最高っ!
・幼少期に培われた謎の「自己肯定感」
・やれることを一生懸命やればいいと父をみて学ぶ
「よく動く!」に強引に繋げるとすると、上記の2個があったのかもしれません。
では、続いて、中学校編といきたいのですが、
結構な長さになってしまったので、
本日は一旦ここまでして、また次の回で書いていきたいと思います!
▼余談
ではでは、今回も「余談」を有料化しますので、応援的な意味合いで、よろしければご購入いただけるととっても嬉しいです…!
※「余談」には本当に大したことが書かれていないので、ご注意くださーい😂!
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