思い出の場所が消失してしまう喪失感について
15年間通ってきた美容室が、閉店してしまうらしい。
さみしい。さみしすぎる。
今までずっと変わらずに店舗があったから、これからもずっと存在し続けるのだろうと錯覚していた。
ずっと同じ担当さん(店長さん)に髪を切ってもらい、15年間かけてゆっくり関係性を築いてきた。幸い担当さんは通える距離にある別の美容院に異動するので、そこに行けばこれからもカットしてもらうことはできる。
でも、担当さんの美容院としては終わりがきてしまうことになった。
当たり前に存在し続けるものなどないのだな、と悲しくなった。
この美容院では、何か印象的な出来事があるわけではない。
しかし、長いこと通っていたのでこの美容室には思い入れがある。
今回のことをきっかけに、今までの歴史を振り返ってみたいと思う。
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■はじめて行った日
はじめて行ったときのことは、もはや思い出せない。
単純に、家から近かった。徒歩一分のところにあった。
だから別の選択肢も検討せず、通うようになった。
■しゃべらない期
はじめは、人見知りがゆえにほとんど話せていなかった。
「今日はどうしますか?」
「10センチくらい切ってください」
以上の内容で、会話が終わることが多かった。
しゃべらないといっても、何もせずにぼーっとしていたわけではない。
昔から本を読むのは好きだったので、自分の小説を持ち込んで読書をしていた。私にとっての「カットする=読書をする」の方程式が出来上がっていた。
■はじめてのカラー
大学生になった時、はじめてカラーをした。
ずっとカットだけをお願いしていたので、カラーをお願いするのは少し気恥ずかしかった。「どんな色にする?」と聞かれて、「茶色で」といういかにも初心者な受け答えをしてしまった。
この頃は、アッシュとかブリーチとか知らなかったなあ……。
■同窓会の髪セット
成人式シーズンに開かれた、同窓会の髪のセットをお願いした。
おしゃれな同級生が表参道とか青山の美容室でセットする話を聞いていたのだが、担当さん以外に髪を触られるのに抵抗があったため、いつもの美容室でやってもらうことにした。
担当さんの腕前を信頼しているけれど、美容室でセットしているのを見たことがなかったから少し不安だった。結果、イメージ通りにはなったけれど同窓会の後半には崩れてしまっていた。なんてこった。
■初パーマ
しばらくはカット&カラーを定期的に繰り返していたのだが、ちょっと遊びたくなってパーマをしてみることにした。
ちなみに、いつも予約は電話でしている。この日予約したときに担当さんではない人が電話に出たので、気恥ずかしい思いはせずにすむとちょっとほっとした。
慣れている風に受付の方に「パーマで!」と伝えたが、「デジタルパーマと普通のパーマ、どうしますか?」と聞かれ、どうすべきか口ごもってしまったので完全にボロが出た。
そのため、結果的にいつもの担当の方に相談してみては……という話になり、結局担当さんにお願いすることに。
「もしもし、どんな感じにしたいの?」と明るく電話に出てきた担当さん。
何も気にしていないとは思いつつも、やっぱり気恥ずかしくなりながらイメージを話した。
肝心のパーマは、最初はとてもいい感じについたのだけど、キープが難しかった。思っていたよりも自分の髪がストレートだと気づいた出来事。
■寝る期
やりたいことをとことんやっていた大学時代、睡眠時間が毎日4時間くらいでブラックコーヒーを手放せなかった。
そんな状態で美容室に行くので、本を読んでいるとうとうとしてしまって寝る……という事態が増え始めた。
熟睡とかではないのでバレてないだろうと思っていたけれど、同じ担当さんにカットしてもらっている友人に「ありぺいの話になったときに、『最近のありぺいちゃん、よく寝てます』って言ってたよ」と聞かされた。バレバレだった。
■カットのときだけしゃべる期
本を読み始めたら寝ることがわかったので、本を持ちながらぼ~っとするようになった。手持無沙汰に見えたのか、担当さんが「最近どう?」と話しかけてきて少しずつ会話をするようになった。
はじめは4ラリーほどで会話が終わっていたけれど、徐々に話をする量が増え、こちらからも質問をすることも増えた。そして、最終的に「カットの時間=しゃべる時間」となった。読書をするのは、カラー剤を染み込ませる時間だけになった。
あまり深い話はしないものの、話すようになってからは最近の近況報告と流行っているものやハマっているものをオススメする時間を定期的にとることになった。過去の自分との違いを振り返る機会にもなり、カウンセリング的な効果があったように思う。
■はじめての浮気
髪の裾にブルーを入れていた夏がある。(そのときにSNSのアイコンを描いてもらったので、私のアイコンは髪が青い)
職場がとても自由だったので、金髪な人や赤くしている人がよくいた。さらに、友人が裾カラーやインナーカラーでブルーやグリーンを入れているのを目にするようになった。
それと、あいみょんの「マリーゴールド」MVを見て、インナーカラーが超かわいいなと思った。
せっかくなら自分が好きな色をいれたい。そのため、髪の毛を青くしてみたくなった。
とはいえ、「ブルーにしたい!」はさすがにオーダーしにくかった。担当さんの美容室から派手カラーのお客さんが出てくるところも、あまり見たことなかったのも要因としてある。
だから初めて裾カラー、インナーカラーをするための美容室を必死になって探した。最終的に仕上がりイメージを見て、いいなと思った方にお願いすることにした。
担当さん以外に髪のカットとカラーをしてもらう罪悪感が少しあった。
だけど、裾ブルーをやってみてかわいい!と満足したので後悔はしなかった。
ただ、ブルーが抜けて金髪になった裾カラーにも飽きたころ、金髪部分を切ってもらうために担当さんのところへ戻るのは心苦しかった。
なんて顔をすればいいんだ……と思いながらおそるおそるいつもの美容室へ向かった。担当さんは一目見て言ったのは「わあ、綺麗に色が抜けてるねえ」だけだった。完全に面白がっていた。全然心配いらなかった。
■いつもと同じだけど、少し違った日
一回浮気をしてからは、それまで通りいつもの美容室に通い続けた。
同じオーダーを繰り返し、カットの時は喋り、カラーの時は読書して、たまにパーマをかけたりした。
美容室から、誕生月になると割引のハガキが届く。いつもは月のはじめに届くのだが、今年はなかなか届かなかった。ある日、誕生日ハガキが届いた。しかし喜んだのも束の間だった。そこには閉店のお知らせが記されていたからだ。
すぐに次の予約を入れた。
やってきた予約の日。
いつも通りにカットしながら「鬼滅の刃観ました?」とか「ディズニーってまだ行きづらいのかな」とか「配信ライブ、いつもどの機材で観てる?」なんて話をした。ここまではいつも通りだった。
カラーをはじめたとき、あれ?と思った。
担当さんだけがついてくれたからだ。
いつもなら効率重視で担当さんとアシスタントさん、ふたりでカラー剤を塗る。しかし、今回はひとりだった。人手が足りないのかな?と思った。
さらに、カラーした後のシャンプーでもおや、となった。
シャンプーも担当さんがついてくれたからだ。
最近はずっと他の人にやってもらっていたから、珍しい……と感じた。
最後のブローのとき、担当さんは「ハガキでもお知らせしたんだけど……」と閉店についての話をし始めた。
ウイルスの影響ではなく、専属の美容師さんが独立するための閉店であること。担当さんは、他の店に移ること。引き続き担当さんが移る美容室に来てほしいこと。
この話を聞くだけでも悲しい気持ちになったのだが、極めつけになったのは「20年近くここでやってきたから、本当にさみしいな」と担当さんが言ったことだった。
同じ気持ちだった。
これからも担当さんに髪を切ってもらうことができるのは、嬉しい。
しかし、今まで当たり前に存在していた美容室がなくなってしまう。
15年間過ごした場所が、完全になくなってしまうことがさみしい。
年末には閉まってしまうこの美容室で、カットしてもらったりカラーしてもらったりするのは、できてあと一回だ。担当さんはこの場所での思い出を少しでも多く残そう、と思ってずっとそばを離れないでいてくれたのかもしれない。
きっと、私にとっても担当さんにとっても、美容室が閉店してしまうさみしさは、思い出の場所が消失してしまう喪失感によるものなのだと思う。
今回は無自覚にずっと担当さんについてもらっていた。だから、今までの思い出をしっかり噛みしめられるように、年末にもう一回来ようと思う。その日だけは、いつもカラーのときに読んでいる本を閉じてじっくり最後を味わうことにしよう。
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▼この話の元になったツイート。
ひとまず美容室探しはしなくてよさそうで、よかった。
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