母はゆで卵を剥けない
2024.04.02
ペぎんの日記#2
「母はゆで卵を剥けない」
私の母はゆで卵を剥けない。
誤解されないように言っておくが、別に母はケジメをつけるために指を切られているとか、そういったことは一切ない。
ゆで卵を剥けない理由はシンプルに「不器用だから」である。
スーパーでは、私には分からないような野菜の個体差を瞬時に見分け、1番いいものをカゴに入れる。
お弁当の卵焼きはすごくスピーディーに作るのに、焦げが付いているのなんて見たことがない。
母は何でもできる。私よりずっとすごい人だと思っていた。ついこのあいだまで。
日曜日、母が私に
「ゆで卵って、どうやって作るの?」
と真剣な顔で聞いてきた。
ナニゴトだろう。
私は戸惑ったが、ちょうど次の日のお弁当でゆで卵を使おうと思っていたところだったので、母と一緒に卵を茹でることにした。
私「まず卵を冷蔵庫から出すじゃん」
母「うん」
私「鍋に、卵が浸るくらいの水を入れて沸かすじゃん」
母「そうだよね」
私「で、沸騰したら卵を入れて、タイマーを10分にセット」
(私は固めが好きなのだ)
私「茹で上がったら水で一気に冷やして、皮をむく」
こんな会話をして、私は卵の皮をむいて見せた。
母は私の手元をまじまじと見ている。
「…とまあ、こんな感じ?」
私が困惑を拭い切れないまま、ゆで卵の説明を終えたところで母が切り出してきた。
「殻って、どうやってむいてるの?」
え?
「ゆで卵の殻って、どうやったら綺麗にむけるの?」
えぇぇぇえ!?
え、ほんとに言ってる?お母さん今までゆで卵むけなかったの!?
確かに母は卵焼きや目玉焼きは作ってくれるけど、ゆで卵は作ってくれなかった。朝食でゆで卵が出る日は父が朝食当番の日だけだった。
そうか。
作らないんじゃなくて作れないんだ。
困惑の笑みを浮かべる私をよそに、母は水に浸かったゆで卵を真剣な表情でむき始めた。
本当にむけてなかった。
でも、硬い皮の下にピロピロした膜があるじゃないですか。それも一緒にちゃんとむいてるんですよ。膜と白身の間に水を滑り込ませて、指で押すようにしてむいてるんです。
なのに最終的に出てきたのはクレーターゆで卵。
…。
え、これ何を改善すればいいんですか…?
母も同じことを考えていたようで
「お母さんのやり方もね、同じなのにさ…。いやー、なんでよー…!」
と唸っている。
もう笑うしかない。
だってこれはもう、センスが無いとしか言いようがないもの!
母と2人で、台所で大いに笑った。
いいじゃないか。家事がなんでもできてしまう母に、ひとつくらい苦手なことがあったって。
「母はゆで卵が剥けない」
ひとつ弱みを握った日曜日。