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【感想】飢えた子羊

ブランド : Zerocreation Games
発売日 : 2024-04-23


⚠️ここからネタバレあり⚠️




◾️ネタバレ感想

圧巻の出来栄えだった。
これこそ“ビジュアルノベル”である。

★はじめに

ビジュアルノベルここにあり!!
なるほど。「傑作」と言われるのも納得。
結論これですよ。
初めてプレイした中華製ノベルゲーでしたが、完成度の高さに度肝を抜かれました。
ただただ素晴らしかった。

読後の余韻が半端ないんです。
まじで満穂のことが頭から離れない。
彼女はいったい何を想い、何を見ようとしているのだろうと、そんなことばかり考えてます。
病的なまでに取り憑かれた感覚でしょうか。
決して辛いとか、切ないとか、そういう感情ではないんです。
そもそもこの感情が何かも分からない。
心が囚われるってこういうことか…。

さて、今回は中華製ノベルゲーの話題作『飢えた子羊』のネタバレ感想記事でございます。
プレイを終えた時、正直言って何を感想に残せばよいか迷いました。
想ったことを網羅したならば、おそらく激烈な長文になりそうでしたから。
なので今回の感想記事は、個人的に大事なポイントのみをクローズアップした感想とさせていただきます。
個人的な解釈が多分に含まれるので、え?お前何言ってんの?って場面もあるかと思いますが、どうか寛大な心でご容赦いただき、しばしの間お付き合いくださいませ。



★テーマについて考えてみる

いきなりですが、まず最初に作品テーマから考えてみようと思います。
本作のテーマはエンディング後のメッセージにある「この作品を”もう餓死者の出ないように”生涯をかけた人たちに捧げたい」のように、飢餓の絶望に抗った英霊たちと、生まれた時代を選べないゆえに、飢えて命を落としていった貧しい人々への鎮魂のように受け取ることが出来ます。
でも実際には「満穂の心の葛藤と選択した未来」がテーマであったように感じました。

復讐の対象である主人公・良が悪から善へと傾いたとき、はたして仇敵を殺せるのか。
失った家族の無念を晴らすことが出来るのか。
その葛藤こそ人間の善性に対する負の側面からの投げかけであり、満穂が良の行動を見定め選択して導いた答え、向かう未来こそがテーマそのもののように思えます。
満穂はだんだんと善性に傾いていく良に戸惑いながらも心を開き、だが良は仇敵であると自らを戒め、それでも人間らしい感情を取り戻していく。
大人びて聡明ながら、時に少女らしい一面が垣間見えるのが満穂の魅力となっていました。

良の選択は満穂にとっても選択の提示です。
(これは別項にて後述します)
心のどこかで良の善性を信じたいと思ってしまっていたのでしょう。
だってまだ14歳の少女ですからね。
誰かに寄り掛かりたいという安らぎが叶わぬものだとしても、その可能性を信じたいという想いを否定など出来ません。
要は、良の善性を信じ受け容れるのか、見限るのか。
人間の善意の可能性を見届けることこそテーマだった”と思うわけです。

「この作品を”もう餓死者の出ないように”生涯をかけた人たちに捧げたい」はあくまで言葉通りのメッセージで、テーマは別のところにあったと思うんですよね。
自分にとってはそういう物語でした。

もちろん個人的な解釈ですので同意を求めたいわけではありません。
プレイヤーが物語を体験して何を想ったのかが答えであればよいと思います。
こういう意見が活発に交換されてこそ、良い作品だった証明になると言えるはずですので。


★プレイした印象など色々

冒頭にも記したとおり、これぞビジュアルノベル!と思えるような見事な完成度を誇る素晴らしい作品でした。
これが1200円でプレイできるなんて異常事態です。
プレイ時間も10時間程のコンパクトなボリュームに反し、中身は濃密な人間ドラマが描かれていますので非常に満足度の高いものでした。

物語全体を通して重苦しい雰囲気に支配され、飢餓と乱世によるままならない極限の状況が、プレイヤーにどうしようもない絶望的な世界への共感を促してきました。
これはビジュアルノベルを構成する要素の全てが高水準であったからでしょう。

文章は日本語訳の精度の弱さもありましたが許容できる範囲。
良や満穂の心の葛藤を言葉で飾ること無く、ありのままの重苦しさで伝えてくれています。
物語の先を知りたいのはもちろん、読み進める使命感に駆られるような感覚を伴った読み応えでした。

ビジュアルは灰色がかるかのように彩度を抑え、薄暗い陽の光を僅かに浴びるかのようなイメージです。
添えられた音楽は物語に寄り添い、文章で伝えきれない心の機微や空気感を補完してくれていました。

なかでもキャストの方の熱演は真に迫るもので、満穂を演じるオリジナル版のHanserさんの感情芝居には鳥肌が立ちました。
満穂は壮絶な過去をもち、父を殺した良への復讐に駆られた少女です。
仇敵であり悪人である良と一緒に旅をする中で、だんだんと善性に傾いていく姿を目の当たりにし、満穂の心さえ解きほぐされていきます。
この複雑な心の葛藤を見事に演じきっていました。
(日本語版の釘宮理恵さんが素晴らしいのは言わずもがな)

そして、本作をビジュアルノベルここにあり!と決定づけたのは選択肢の示し方。
これについては次の項目にて。


★選択肢が示した未来の価値

ビジュアルノベル作品の魅力の一つに「選択肢」による物語の展開が変化があります。
これはノベルゲーマーたちにとっては当たり前であり、ビジュアルノベル作品を楽しむ共通認識であると思っています。
でも、選択肢に意味を示し、展開の変化に価値を持たせた作品は、近年では意外と少なくなってきたように思います。
そもそも選択肢すら存在しない作品もありますし。
(別にそれを否定するつもりはありません)

本作の選択肢は非常に重い意味がありました。
主人公・良の善性への選択肢となっています。
プレイヤーが選んだ選択は良の選択であると同時に、その結果をもって満穂も心の中で重い選択をしていくわけです。この意味の重さ、全てのエンディングを見届けた方ならば十分に理解できるかと思います。
だからこそ選択肢が示す未来の価値は大きく、物語のなかでの「善性」の価値も大きなものでした。



★物語について思う事

満穂の目的が謎とされ、過去回想から徐々に核心に迫っていく構成が見事でした。
良が子羊たちと旅をする中でだんだんと善性に傾く過程に、鋭く差し込まれる満穂の壮絶な過去。
プレイヤーとしては強制力をもって満穂に感情が傾いていくしかありません。

物語で描かれた飢餓や乱世は極限状況です。
これが明朝末期の史実を基にしていただなんて、今の時代がどれだけ恵まれているか思い知ります。
人間が生きたいという意志は本来美しいものですが、貧しいゆえに追い込まれ、人を喰らってまで繋ぐ生とはいったいどんな状況だったのか。
現代の倫理観などただの綺麗事でしかありません。
そもそも、当時の人々にとっては「生きたい」という意志すら全うできないものでした。
それほどまで絶望的な世界です。

そう考えれば、人を悪に走らせた根源は貧しさだったと言えるでしょう。
”死んだのは心やさしい善人ばかり、生き延びたのは身勝手な悪人ばかり”という言葉が良の言葉として物語に出てきました。
これには”善人でさえも生き残るためには時に悪意に染まる”という意味にも思えます。

悪に手を染めなければ生きてゆけない、悪を働くことが無ければ自らの運に身を任せるしかない。
悪を肯定するわけではありませんが、ままならない絶望的状況を考えると、豊かな時代に生まれた自分たちには、悪に走る気持ちを慮ることなど出来るはずがありません。
その悪に手を染めたのが主人公の良です。
そして、その悪によって幸せを失ったのがヒロインの満穂です。
二人が出会ったのは因果なのです。

善の人間が悪に染まるのは一度の過ちからで。
悪の人間が善に向かうには積み重ねで。
これを見届け選択するのは14歳の少女で。

善行の理解には、相手の価値観や状況を尊重し、自分自身の偏見を取り除く努力が求められます。
それゆえ二人の心の葛藤こそ物語の味わい深さでありました。

孟子の提唱した性善説では、人間は先天的に「仁」や「義」といった善性を持ち、それを磨くことで誰でも聖人になれる可能性があると主張しました。
もし性善説で物事を捉えたならば、良だって性根は善の存在なのでしょう。
任客に憧れを抱いた通り、世の中の絶望に対し愁い、抗いたいという意志があったはずです。
でも極限状態ではそんな意志も灯でしかなく、ただ時代に翻弄されるしかなかったのでしょう。
環境が善性を捻じ曲げるわけです。
悪に手を染めながら名前は「良」であるというのは皮肉でありながら、満穂が選ぶ選択の重さを考えてしまいますよね。
良の善性が満穂の復讐心を翻弄し、物語の中の選択がエンディングへと派生していきます。



★エンディングが素晴らしかった

実は日本語音声で一度クリアした後、オリジナル音声で再度プレイをしました。
なのでこの感想を書くまでにプレイを2周しています。
そうすると、いかに序盤から物語の帰結にかけて筋が通っていたかと感心するとともに、満穂の行動や描写のすべてに意味を感じ、改めて凄い作品だったなと思い知りました。
それを最大限に感じるのは物語の帰結を迎えた時。

エンディングそれぞれが良の善性と向き合い、満穂が選んだ帰結でした。
闇の中で花火を背にした満穂の表情が頭から離れませんよね。
この時彼女は既に選択していたんです。
今まで生きてきた全てをかけて。

全てのエンディングに対し溢れる想いを抱きましたが、文字数が莫大になるのは目に見えてるので、3つのエンディングだけ簡潔に語らせていただこうと思います。


【エンディング:応報】

1度目のプレイ時は衝撃をもって迎え、2度目のプレイでは満穂の情緒に心奪われてしまう見事な帰結でした。
遂に復讐を果たしたというのに、満穂は涙を流し、表情は苦悩に満ちたものでした。
とても悲願が成就したというものではありません。
この時の満穂の情緒は乱れに乱れていたことは表情が表わす通り。
信じたいと思っていた気持ちを裏切られ、善性の可能性に背を向け復讐を果たす。
やるせない思いだったのでしょう。
14歳の少女はこの先、何を道標にして生きていくのでしょうか。
もはや死に向かうしかありません。
これは満穂自身の生の否定とも受け取れます。
生きる意味を失ってしまったわけです。
この時にプレイヤーに及ぼす言語化できない感情は物語の体験としては極上のものでした。


【エンディング:ともに死す】

エンディングとして最も美しく、納得感のある帰結でした。
復讐の対象者が豚妖にとって代わるやり取りに違和感はあるも、物語の流れとして一番自然なものであったと思います。
良にとっては任客という夢を叶え、最期に華を飾ることが出来たでしょう。
良の提案とは言え、これも満穂が選んだ帰結。
計画通りに豚妖を誅し、矢を浴びながらも満穂を護ろうとする良の姿は任客そのものであったはずです。

「良……抱きしめて」

エンディング『ともに死す』より引用

命が絶える刹那、満穂が発した言葉。
人生の最期に、仇敵に抱きしめられることを願った意味とは。
この時の彼女は何を想ったのでしょうか。
良を赦すことが出来たのでしょうか。
少なくとも「ともに死す」ことで満穂の復讐は果たされました。
そして良の贖罪も果たされました。
どうか二人の魂は救われたと、繋いだ手が来世での幸せまで繋がっていて欲しいと願うしかありません。


【エンディング:ともに生きる】

このエンディングの読後感はモヤっとします。
それでも個人的には一番好きな帰結でした。
なぜなら二人とも生きているから。

彼女は傘をさし、水色の腰巻きを着て、腰には白い帯を巻いていた。
雨水が彼女の服の縁を濡らしていたが、滝のような黒髪にはまったく跡を残していなかった。
彼女はゆっくりと船室から出て、俺と目を合わせた。
その瞬間、風が止まり、時間さえ止まったようだった。
洛河の両側の木は揺れなくなった。降りしきる雨も空中で止まったまま落ちなくなった。
止まった雨の幕の向こうには、見覚えがあるようなないような顔があった。
良「……」
彼女の名前を呼ぼうとしたが、何かが喉に詰まっているように、まったく声が出なかった。

エンディング「ともに生きる」より引用

これを翻訳ではなく、ネイティブで感じたかった。
鳥肌が立つシーンです。
そして再開した二人の最初の言葉は満穂から。

「良様、雨よ、風邪ひかないで。」

エンディング「ともに生きる」より引用

ああそうか、そうだよなと満穂の言葉の重さに涙が出ました。
これは演技ではなく本心でしょう。
船上で傘を持ち微笑む満穂の美しさに心奪われてしまった感情こそ、「ともに生きる」のエンディングの美しさだったと納得出来てしまいました。

エンディング名である「ともに生きる」とは、再会を果たしてからの二人を指すのでしょうが、反乱軍に身を寄せた9年間もお互いの存在が生きる理由となっているため「ともに生きる」時間だったと思っています。

物語のなかに”生きていれば意外な喜びがある”という言葉がありました。
再び巡り逢った二人にとって、喜びであり幸せなことであったと信じたくなります。

もちろん良の罪が無くなるわけではありません。
でも、9年前に涙を流し別れた(良が立ち去る描写から推察)際に、善性の可能性を信じた満穂にとって、良の命を預かる事こそ「ともに生きる」意志の芽生えであったはずです。
この先に二人が向かう未来は多く語られません。ただ「満穂」という名前を呼ばれ喜ぶ姿が描写されるまでです。

本名を教えた意味合いは復讐のためでしたが、未来に進む満穂にとってその意味合いが変わっているのは明らかです。
満穂にその意味はまだ分からなくとも、いつか判る時が来るかもしれません。

満穂にとって良とは憎い仇敵であり、心を許せる唯一の人間です。
きっと色々な意味を持った大切な人であるはずです。
良を赦すのかどうかなんて、未来にしか答えは無いのです。
彼女の選択を信じるしかないのです。
この後を語ることが無粋なことなのでしょう。

この先に言葉通り復讐を成し遂げる満穂の姿があるかもしれません。
お互いに手を取り合い、愛情をもって幸せを築く未来があるかもしれません。

でも大事なことは、今この時二人は約束を果たし再び巡り逢ったということ。
ともに生きているということ。
たったそれだけの事実が、いかに大きな意味を持っていたのか。
最後まで二人の物語を見届けた方に敢えて語る事すら無粋というものです。
もはやこれ以上のものは望みません。
素晴らしい帰結でした。



■最後にまとめ

たった10時間ほどの物語なのに、フルプライスの超大作をクリアしたような満足感を得る作品でした。
プレイした方の好みにもよるでしょうが、人によっては「傑作」とされても納得できます。
今回の感想記事は、本作をプレイした体験をダイジェストで感想に残したにすぎません。
まだまだ語りたいことだらけ。
でも、冒頭で触れた通り収集が付かなくなりそうなので、個人的に大事なポイントだけをネタバレ感想として書かせていただきました。
それでも、お読みいただいた方に何か伝わるものがあったなら嬉しく思います。

最後にエンディングに示された製作者様のメッセージを受けて。
飽食な時代だからこそ飢餓という絶望が想像しにくいものでしたが、未来とは歴史から学ぶもので、そういう事実があったことを胸に手を当てて受け止める必要があったと思います。
物語が伝えた絶望が、我々の未来に形を変えて牙を剥くかもしれません。
その時、自分なら何を大切にするのか。
人間とは何なのか。
これだけは忘れたくはないと思いました。

人への偽善も善である。
時にそれは正しいことでもある。
善意を押し付ける必要はありませんが、誰かが困っていたならば手を差し伸べ、同じように自分が困っていたら善意を信じて助けてもらう。
絶望の中に希望を見出すならそれしかないのだと思います。

物語の中での良は善性に傾いていきました。
満穂はその姿を見て選択をしました。
どんな状況であったとしても、人の心は時代に関係なく、民族に関係なく、国に関係なく、人間らしさとは何なのかこそが大切なのだと思います。
それが善性に溢れるものであったならとても嬉しいことです。
そんなこと思ったところで、この感想を締めさせていただきます。

素晴らしい物語を届けてくれたZerocreation Gamesの皆様、作品に関られたすべての方に感謝を。
また、この不完全な感想を読んで下さったあなたにも最大限の感謝を。
ありがとうございました。

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