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【感想】ヒラヒラヒヒル

ブランド:ANIPLEX.EXE  発売日:2023-11-17
シナリオ : 瀬戸口廉也 原画 : 禅之助

⚠️ここからネタバレあり⚠️









◾️ネタバレ感想

人間の尊厳、心のあり方を説いた傑作でした。
ぜひ色々な方に触れてほしい。

★はじめに

生きた登場人物や世界とは、本作のようなものを言うのだと思い知らされます。 

「みんな、普通の人間なんだ」

これは、公式HPのストーリー冒頭の一文です。
本作に込められたメッセージは全てこれに集約されていたと思っています。
クリアした後に振り返り考えたのは、「人間の心」とは何なのだろうかという自らへの問題提起でした。




★本作の描いたものとは

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死んだ人が蘇る病「風爛症」と戦う人々を描いた本作には、未知ゆえの恐怖、偏見や差別、行き届かない社会制度、倫理観が語られました。
人間の醜さや憎悪を心情表現の巧みさにより、生々しく残酷に訴えてきます。

ただそれだけではなく、大切とされたのは相手に敬意を払うこと、尊重すること、理解しようとすること。
そして哀しく儚くも思えますが、愛情の総量、相手との正しい距離感も語られます。

架空の病を題材としつつ、社会派のように現代医療や社会制度に対し問題提起しているようにも取れますが、決してそれが本質であったわけではないと思います。
あくまで手法であったわけです。

物語で描かれていた差別や偏見のようなものは、それ以外の理由もリアルの世界では多分に含まれます。そこに向き合うのは「人情」のような、人間として当たり前であり、でも決して容易ではない問題への提起です。

つまり「人間の心」を描いた物語であったと思い至りました。

その中で現代の課題といえる医療福祉、介護がクローズアップされています。
この切り口にて「人間の心」を描き、決して他人事では無い事実として、プレイヤーが向き合うきっかけとなるべき物語でもありました。

正光が実況調査の車中で交わした辻菊との会話でこんな台詞があります。

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「あのね、みんな人間なんだよ。風爛症も、そうでないものも」

その言葉の意味は、みな生まれて死ぬという儚い定めを背負っているのに、なぜお互いが苦しめ合っているのだろうというものでした。

この解決策はもちろん作中にありません。
でも、これを問い続け、向き合い続ける事こそ人間であるというように思えてなりません。
あくまで個人的な解釈で見当違いかもしれませんが、自分はそういった作品であったと思っています。



★ビジュアルノベルとして

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ビジュアルノベルとして非常に完成度が高い作品であると評価出来ます。
瀬戸口さんの作品は、恐ろしく解像度の高い心情表現が特徴であると思っていますが、本作も例に漏れず素晴らしいものでした。

本作の登場人物の生を感じる文章は非常に繊細であり重厚で、彼らの息遣いさえ感じとれるかのようなリアルさがありました。
そこへ声優の方の生きた声が絶妙に調和し、心の奥にある思いが滲み出ているようで、彼らの言葉には発せられなかった想いを感じとることが出来ます。

例を挙げれば「‥‥‥。」の台詞にある吐息のようなものに登場人物たちの心に秘めたものを感じ、画面の中の彼らは確かに生きていたのではないかと錯覚するほど生々しいです。

また、情景描写の表現も素晴らしいです。東京銀座の乾いた風や寒空を肌で感じられるような文章、いたずらに音楽に頼らず環境音で描写する空気感。

小説の挿絵を主にしていたという禅之助さんのイラストの使い方も秀逸で様々なシーンが印象に残りました。

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情感に訴えるシーンに添えられる”静の音楽”の効果も絶大でした。
感動的に煽るわけでなく、あくまで心情を補足するに留めることで熱を帯びるかのような感覚です。

選択肢も絶妙で、主人公の下す選択により後の展開が一変します。
正光編で2パターン、武雄編で3パターンのエンディングがあり、幸せに今後の人生を過ごすであろうものもあれば、愛する者に自ら手をかけることで自決するものまで。

ノベルゲーなのでそんなのは当たり前のシナリオ分岐ですが、物語を読み進める中で選択肢に遭遇すると延々に迷ってしまう重い選択肢もあります。
それは間違いなく人生の分岐そのものでした。

システム面ではUIが素晴らしく、シンプルで一切の過不足が無い。
文字の表示の仕方も文章をじっくり堪能できるもので非常に好みでした。

これらを踏まえ、ノベルゲーならではの表現方法の素晴らしい点が存分に発揮された作品であったと思います。
そのせいか没入感は凄まじいものでした。





★物語の構成について

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シンプルに時系列に沿って物語は展開します。
主人公の2人がそれぞれの視点で交互に展開し、「人間の心」が引き起こす幸せな出来事や、悲劇が生々しく描写されます。
それは時に麗らかに、時に儚げに。

TRUEエンドの正光は風爛症の専門家であるにもかかわらず、自らが「風爛症」を発症するという体験を経ることで残りの人生の目標を定め邁進していきます。

感染前まではあくまで知識であり実感ではなかったものが、実際に患者になることで自分の考えていることが間違ってはいないという「人間の心」の希望となります。
そこには東京へ連れ帰った母との触れ合いや、野村兄妹との触れ合い、駕籠町病院での同僚たちや患者との触れ合いで感じる積み重ねた「人情」を見ることが強い説得力となっていました。

武雄編では物語序盤の選択肢の、美代に手を下すか否かで展開は分岐します。
気付かずとも慕っていた明子が「ひひる」になることで、常見家が崩壊していく様子が胸が苦しくなるほど描かれました。

TRUEエンドに至るルートでは、明子と向き合う事を最後まで諦めず、「人間の心」の希望を信じた結果幸せな結末に至ります。
BADエンドは無常なものでした。

「ひひる」という差別や偏見の対象が、支える側の視点、支えられる側の視点、そして当事者となった者の視点で構成され、それぞれの風爛症との戦いが描かれたことは非常に秀逸でした。
よく練られた構成であったと思っています




★印象的なシーン

情感に訴えるシーンは沢山ありましたが、正光編の十二章「一番大事な患者」での朝との会話と、武雄編の十三章「来年の春に」で衣川へ結婚の報告をするシーンはボロ泣きでした。


【千種正光の章十二 一番大事な患者】
瀬戸口さんの心情表現が最大限に発揮されていたのがこの章での正光と朝の会話であったと思います。

風爛症の症状が悪化した朝に、正光が伝えた風爛症でも人生を築き上げた尊敬と純粋に彼女への親愛の言葉が、朝にとってどれだけの救いだったのでしょうか。

ただ震えながら子供のように泣いてしまう朝と、その姿を見て動揺する正光。
そこに朝からの直接的な台詞はありません。最後に一緒にいたいという決意の言葉で締められるのみです。

なんとか朝は言葉を発しますが、泣いているゆえ断片的なものです。
でもその言葉の合間に挟まる「••••••」の息遣いと、振る舞いを伝える繊細な文章。

絵を描き続けられなくなるかもしれない恐怖、自分の事で誰かに迷惑をかけてしまう恐怖、しかもそれが自分にとってとても大切な人々だという恐怖、それでも‥‥という希望と強い葛藤。

言葉には出ない心の奥にある思いが滲み出ていて、強烈に心に刺さるんです。
本当に良い文章を読んでいるなと改めて実感したシーンでした。




【天間武雄の章十三 来年の春に】
辛いこと、哀しい事を経てたどり着いた幸せな未来を見ることが出来ました。
青森の「人情」溢れる家庭で暮らす武雄と明子のもとに訪れた衣川に、来年の春に結婚することを報告するシーンはボロ泣きしました。

「ああ・・・・そうか・・・・そうなのか」
「そりゃあ・・・・・良かったなあ・・・・・」

顔をくしゃくしゃにして泣いていた衣川の言葉は全プレイヤーの言葉を代弁していたようです。この時の声優さんの演技も情感たっぷりでもう‥‥。


そしてこの時ふと気づき、思います。風爛症の人と結婚するという事に、小さな驚きのようなものを感じていた自分がいた事に。そうか、こういう結末があったのだなと。

もしかしたら自分は心の奥底で、風爛症の人と結婚することに無意識の抵抗感があったのではないかと思ったわけです。
これだけ物語の中で「みんな、普通の人間なんだ」と訴えていたにもかかわらず、はじめてその差別意識が自分の中にあったのではないかと考えさせられてしまいました。

自分で言うのもなんですが、差別は良くない、偏見は良くないと日ごろから心掛けていたつもりでしたが、自分が考えていた事は、ただ実体の無い綺麗事だったんだなと実感しました。

未だ心が未成熟で「人間の心」と向き合い続ける必要があり、日々成長しなくてはならないと思い至りました。
これが冒頭に触れた、自分への問題提起となります。

性善説や理想で語るのは心地良いですが、現実をみればそれが如何に困難な事なのは作中で散々描かれました。
ただそうであったとしても、希望を抱く事を絶対に否定はしたくない。
これを心の拠り所にしていたいと願います。


★受け取ったメッセージは

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生きるって辛いよね。
世の中には偏見や差別が溢れてるよね。
だから醜い心も出ちゃうよね。

でも分かるよ。
だって知らないことは怖いもの。
生まれた運命は変えられないもんね。

でも心を曇らせたらダメだよ。
みんな普通の人間なんだから。
相手を理解しようと努力が必要だよ。

綺麗事って分かってるけど、それを否定したらこの世は闇だよ。
とても難しいけど、信じて向き合い続ければ、きっとみんな幸せになれるよ。
だから希望を持とう。

これは自分なりの解釈でしたが、結局はプレイヤーそれぞれのメッセージの捉え方で良いのだと思います。


◾️最後にまとめ

ロープラ作品にも関わらずクリアまで18時間を要しました。自分が読むのが遅いのもありますが、かなりじっくり読み込んだ結果であるとも思っています。

とにかく読むことの喜びを感じる作品です。
それにはやはり文章の力があったからでしょう。

我々が使う日本語は、心情や自然、古来の風習など様々な要素が合わさり体を成しているとか。
これを正しく、また美しく用いるに必要なのは、豊かな心や想像力なのだそうです。
瀬戸口さんの日本語は美しい。何気ない言葉がとても美しいんです。

これまでの瀬戸口さん作品は『CARNIVAL』や『SWAN SONG』のように重苦し雰囲気と、生々しく恐ろしい文章で描写されましたが、思い返せば言葉がとても綺麗でした。

その狂気の美しい文章で人の憎悪と儚さを描いていたのとは少し異なり、『ヒラヒラヒヒル』では人の暖かさを感じる描き方で読後感が良く、心に染み渡る何かを感じる事が出来ました。

エンディング曲の「星たちの歌」が心に染みまくりです。

琴線に触れるものが多すぎて、忘れることが出来ない作品となりました。
こういった作品はもっと色々な方が触れて、色々な意見を出し合って広がっていってほしいと願ってしまいます。

いつか改めて読み返したいと思います。そしてその時、自分の心がどれだけ成長出来たかを楽しみにして感想を締めさせていただきます。

本作に関わった全ての方に心からの感謝を。
そして、この長い感想を読んでくださったあなたにも最大限の感謝を。
ありがとうございました。

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